小説

『八歳の親孝行』戸佐淳史(『親孝行息子』)

 予想通りだった。俺は安心させようと、しゃがんで、少年と目線の高さを揃えた。
「そうなんだ。でもこんなところで、何してるの?」
 そこまで訊くと少年は警戒したように返した。
「あの、おじさんは誰?」
 きっと学校でも家でも、知らない大人についていかない様に言われているのだろう。自分も子供の頃はそうだった。
「おじさんは、この辺りに住んでる人だよ。丁度君と同じくらいの息子がいるんだ。だからなんだか、困ってそうな君のことを放っておけなくてね」
 それでもじっと、俺を見つめている。しかしまあ、知らない大人に声をかけられた小学生の対応としては、それが正しい。
 その時ふと思った。この辺りの子ならもしかして、息子と同じ学校の子ではないだろうか。そう思い一つ試してみた。
「おじさんの名前は、楠木っていうんだ」
 反応を見た。すると予想通り、少年がはっとして目を見開いた。
「え? 楠木くん?」
 その反応の意味は分かる。俺は続けて言った。
「子供の名前は楠木啓太っていうんだ。もしかして君は、啓太のお友達かな?」
 すると少年はポケットからスマホを取り出し、電話をかけ始めた。
 その様子に少し焦る。110番通報されたらどうしよう。
 そんな心配をしたがどうやら違った。少年が電話をかけた相手は。
「もしもし、啓太?」
 息子だった。
『もしもし』
 スピーカーホンにしているのか、相手の声も聞こえてくる。啓太の声だ。やはりこの子は息子の友達だったのか。
『何やってんの雄介? まだこっちに着かないの?』
「ごめん、自転車で行ってたんだけど、途中で啓太の家までの道、わかんなくなっちゃって」
 なんと。この子はまさにうちに来ようとしていたのか。それは予想外だ。
 それから少年、改め雄介くんは、こちらに目線を配った。
「それで途中、啓太のお父さんとあって、今一緒にいるんだ」
『え? お父さん?』
 俺が本当に啓太の父親かどうか確認しにきたか。結構賢い子だ。迷子になってるけど。
 俺はその意図に応え、電話の先の啓太に聞こえる様に、大きな声で言った。
「もしもし、啓太」
『あ、お父さん』
 声で分かったか。すると雄介くんは俺にスマホを手渡した。ようやく信じてもらえた様だ。俺は受け取って、雄介くんに会話が聞こえる様に話す。
「啓太。今日、雄介くんと遊ぶ約束してたのか」

1 2 3 4 5