小説

『八歳の親孝行』戸佐淳史(『親孝行息子』)

 八月、夕方。時刻はまだ午後六時。
 去年から会社で係長に昇格したが、仕事の忙しさはちっとも変わらない。いつも帰りは八時を過ぎるが、今日は大きなプロジェクトが片付いた後で、珍しく早く帰れた。
 久しぶりに仕事帰りに寄り道して、コンビニに来た。買ったのは晩酌用のビールとつまみ。
 いつもならさっさと家に帰るけど、今日は買い物の後、車に乗ってしばらくくつろいでいた。シートを倒し、コンビニを背にして目線の先の歩道を行き交う人たちを、何となくぼうっと見つめた。
 不意に、目の前を自転車に乗った少年が通り過ぎた。小学二年生くらいか。息子と同じくらい。
 そういえば啓太は家で大人しくしているだろうか。
 俺が二十八の時に生まれて、もうあの子も八歳か。最近は一人で遊ぶことも多くなったし、俺が仕事で遅くても寂しがってはいないか。
 早く帰って来て。僕と遊んで。なんて言うことも、いつからかなくなっていた。
 ため息が漏れた。だが心地いい疲れだ。もう少しこのままうだうだしていようか。
 そう思った時だった。さっきの子がまた戻ってきた。
 少し気になって体を起こし、少年に目を凝らした。すると少年は目の前で、自転車に乗ったまま疲れたようにハンドルにもたれ掛かり、きょろきょろと周囲を見回していた。
 考えてみればもう六時。あのくらいの年の子がうろつくには、少し遅くないか。
 様子からして、もしかして迷子か。
 少年は手提げバッグをカゴに入れていた。中にあるのは教材か何かだろうか。しかし今時の子なら、迷ったらスマホで道ぐらい調べられるか。
 そう思って何もしないつもりだった。
 しかし少年はやがてしょんぼりと項垂れてしまった。
 よその子だ。だけど息子と同い年くらいの男の子。どうしてもわが子と重ね合わせてしまう。
 気が付くと、エンジンを切って車から降りていた。
 どう声をかけたらいいものか。そう頭では考えながらも、体は歩き、少年のすぐ横にまで来ていた。
「こんにちは」
 少年の顔がこちらを向いた。俺を見ると驚いて、不安そうな目になった。
 何も言わず黙ってじっとこちらを見つめている。
「大丈夫?」
 にこやかに訊いて見せた。すると少年はようやく言葉を返した。
「……大丈夫って、何が?」
「もう遅いけど、おうちに帰らなくていいの?」
 まずは本当に迷子かどうか、確かめたい。
「帰りたいんだけど、道わかんなくっちゃった」

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