小説

『モザイクピース』小山ラム子(『青い鳥』)

「俺さ、今日は部活のほうで忙しいんだ。悪いけど進めといてくれる?」
 それぞれの班に分かれてから、さっきみんなの前でやった笑顔で山下くんが片手をあげて「このとおり」のポーズをする。それに続いて「自分も無理」と何人かが手を挙げた。
「わたしもちょっと難しい。文化祭までに仕上げたい絵があって」
 美知佳もそれに続く。山下くんは一瞬残念そうな表情を見せながらも「そっか。みんな忙しいもんな」と笑顔を見せた。
 みんなの視線は必然的にまだ挙手をしていない二人に注がれる。真中くんと野田くんだ。
「いや、そもそも引き受けた人が率先してやってよ。結局人任せ?」
 真中くんの指摘に山下くんの笑顔が引きつった。美知佳は事の成り行きをひやひやしながら見守る。
「ちょっと。山下は先輩達のこと思ってやったんだから」
 山下くんのフォローにはいったのは宮嶋さんだ。山下くんに続いて「わたしも忙しくて無理」と言った女子である。それに返事もせず真中くんは出て行ってしまい、宮嶋さんは「なにあいつ」と憤る。
数日前の美知佳だったら宮嶋さんのフォローに頷いていたかもしれない。だけど今はそう思えなかった。
「真中がああ言うのも無理ないよな。でも今日は本当だめなんだ。あ、じゃあ野田はどう?」
 みんなが一斉に野田くんを見る。数人の視線が注がれる野田くんは、先日美知佳が動物園で見た小屋の奥でびくびくとこちらの様子をうかがうきつねを想起させた。
「あ、ぼくは別に大丈夫。残って作業するよ」
「マジか! ありがとな!」
 山下くんを筆頭に次々とみんなが野田くんにお礼を言いつつそのままちゃっかりと教室を出て行く。美知佳も野田くんに背を向ける。ちいさなため息が聞こえてきた。
 美知佳は美術室についても絵に集中ができなかった。本当は展示用の絵は仕上がっている。今取り組んでいるのは次の絵のためのスケッチで、必要ではあるが急ぎではない。
 モザイクアートの作業はきらいではなかった。一つのことに集中するのはむしろ好きだ。美知佳は山下くんの思惑通りに動きたくなかったのである。
散々迷ってから画材道具をしまった。部長に事情を話して美術室をでる。
足は自然と早くなっていく。息を切らせて教室のドアを開けた。おしゃべりに花を咲かせながら作業をしている数人ずつのグループがいくつか。そんな周囲から浮いている男子二人組。難しい顔をしたまま黙々と作業をこなす真中くんと相変わらずおどおどした様子の野田くんだ。
「あ! 柳沢さん!」
 美知佳に気が付いた野田くんが見たこともないような明るい笑顔をみせ、真中くんも顔をあげる。
「あれ。柳沢も来たんだ」
「え、うん。あれ、真中くんは……なんで?」

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