「そっかあ。柳沢さんが引き受けてくれたんだ」
思いもよらないタイミングで自分の名前が聞こえ、美知佳は思わず足を止める。珍しくもない苗字だが声の主からして恐らく自分のことだろう。
ソッと柱の影から様子をうかがう。話しているのは美知佳のクラスの担任である里中先生だ。そしてその前にいるのはクラスメートの山下くんだ。
里中先生はいつもどおりの人のよさそうな笑顔を浮かべている。山下くんは後ろ姿であるため表情は分からない。
里中先生が手に持っている物。これも美知佳には予想がついていた。
「最初は柳沢さんもめんどくさそうにしていたんですけどね。でもめげずにお願いしてたら最終的に引き受けてくれました」
「いやーうれしいね。こんなきれいに仕上げてくれるなんて」
「そうなんですよ。嫌そうにしながらもきちっとやってくれて」
「描いている内に楽しくなってくれたのかな。山下くんが何度も頼んでくれたおかげだよ」
「そんなことないですよ。でもこれがきっかけで柳沢さんがクラスに馴染んでくれたらうれしいです」
美知佳の頭の中をはてなマークが埋め尽くす。めんどくさそうに? 嫌そうにしながらも? 自分がいつそんな態度をとっただろうか。
「里中先生」
美知佳が呼びかけると里中先生は「あっ」というような、そして振り返った山下くんが「げっ」といった表情をする。
「柳沢さん、これありがとね。素敵なポスター」
「あ、それ見てたんですね」
今その存在に気が付きました、という顔をしてちらっと横目で山下くんの様子をうかがう。ホッとした表情である。
「日誌持ってきました」
今日日直だったこと知ってるよね。だったら放課後ここに提出しに来ることくらい予測できるでしょ。
美知佳は心の中でソッとつぶやく。
嘘をつくならばれないようにしてよ。知りたくなかった。
「ありがとうね」
「じゃあ失礼します」
「うん。また明日」
数学研究室をでて周りに聞こえないようため息をつく。里中先生と山下くんの楽し気な声は廊下にまで聞こえてきた。里中先生のことはきらいではないけどお人好しすぎる、とは思う。
いや、それは自分もか。