小説

『モザイクピース』小山ラム子(『青い鳥』)

 美知佳は先週のことを思い出していた。山下くんが、先ほど里中先生がもっていたポスターを頼んできたときのことである。
「柳沢さん。ちょっといい?」
 山下くんは美知佳のクラスである二年C組の文化祭実行委員でありクラス委員長でもあった。真面目というよりもみんなとわいわい騒ぐのが好きなタイプである。そんな山下くんがにこにこと人懐こそうな笑みを浮かべて美知佳の席の前にやって来た。
「なに?」
「あのさ、美術部だったよね。絵うまいって聞いてさ」
「え、いや別にたいしたことないけど」
 絵がうまい、とは部活の子にもよく言われるがそれでも直球で言われると照れくさい。何か頼み事でもされるのだろうか。別に絵に関することなら構わなかった。
「今度の文化祭さ、クラスで喫茶やるじゃん。あの宣伝ポスターとか頼めない?」
 予想通りの展開だ。美知佳はその場で了承し、ポスターに詰め込んでほしい要素を山下くんに聞いてから早速その日の内に取り掛かった。
提供するパウンドケーキに紅茶。クラスで一番かわいい三木さんをイメージした看板娘。里中先生が趣味で生けている教室のお花達。
 仕上がったものは山下くん以外のクラスメートからもほめられ、美知佳はうれしかった。だからこそ聞きたくなかった。山下くんのあんな調子のいい言葉は。

「ごめんみんな! 追加がはいっちゃって!」
 放課後のホームルーム。山下くんがパンッと両手をあわせて頭を下げる。教室中から「えーマジかよ」「またやんなきゃいけないのー?」と不満の声があがる。でも文句を言っているのは山下くんとよく一緒にいる人達で、表情はからかうようなにやにや顔だ。
「ほら、三年生の先輩達は受験もあるしさ。その分二年生で負担したほうがいいんじゃないかってこないだの会議であがって」
 山下くんの後ろに積まれている画用紙達。全校制作のモザイクアートである。文化祭当日に体育館のステージバックにするもので、それぞれクラスにノルマがあてがわれていた。完成図はこの高校の正門になるらしい。この正門は昔、藩主の屋敷の表門だったらしく観光客にもよく写真を撮られている。
小さく切られた色画用紙を指定の場所に貼り付けていく作業。里中先生がホームルーム中に黙々と作業する時間を設け、美知佳のクラスは先週にはもう全員ノルマを終えていた。黙ってこなすのは美知佳にとっては有難かったが、わいわい騒ぎながらやりたかった子にとっては不満な時間であったと思う。
「名簿順で班をつくったんだ。期限設けるからそれまでに班ごと割り振られたのを仕上げてほしい」
 山下くんがてきぱきと班分けと割り振りを記した紙を配っていく。受け取った紙を見て「うわっ」と思う。はっきり言って良いメンバーではなかった。

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