「おめえさ、夜中どこにいたのよ」
「どこって、お友達のお家よ」
「嘘つけ。工場だろ」
「なによ、知ってたんなら最初からそう言いなさいよ」
「なんだ嘘ついておいて開き直りか」
「で、なに? 言いたいことは」
「チュウヤ君がさ、朝工場から出てったとこを見たぞ」
「……あ、そう」
「旦那のとこの従業員に手えだす奴がいるか」
「出してないわよ」
「じゃあ他に何があんだ」
「幽霊よ」
「幽霊?」
「工場に幽霊が出るって噂があるの、それをチュウヤ君に付き合ってもらってたしかめてたの」
「嘘つけよ」
「ほんとよ。工場に幽霊なんていたら、大変じゃない」
「いねえよそんなの」
「そう言われると思ったから、チュウヤ君に頼んだんじゃない」
よくもまあすらすらと嘘が出てくるもんだとオサムは思うが、証拠がない以上これより責める手立てもなく、それに妻の不貞を責めたところで、冷え切った二人の関係性をどうにかできるものでもないように思える。どうしてこうなってしまったのか……でもミチが本当のことを言っているかもしれないし、一度工場を見てからでも結論は遅くはないと思って、じゃあ見てきてやらあ、と啖呵をきって、オサムは夜の工場に一人でやってくる。
従業員もおらず、機械も電源が落としてあるので、夜の工場は寒い。オサムは身震いし、身震いしたことで悪寒を覚える。あれ、本当に幽霊がいるかもしれない、と予感し始める。しかしそれは錯覚だ。ミチもきっと、寒気と霊の気配を混同したんだろう。それに、霊がなんだとかでわざわざミチが夜の工場を見に行くはずがない。嘘に決まってる。
「けっ、嘘つきやがって」
床に落ちていた紙くずを蹴ってオサムが悪態をつくと、ガタガタ、と物音がした。
「えっ……」
突然の物音に背筋が凍ったが、すぐに気を取り直す。もしかして、チュウヤ君が隠れているのか?
「あの野郎、工場に住んでんじゃねえよな」
物音がした方に視線を動かす。マスジが生涯をかけて紙の鶴を折ろうと研究した折機のある場所。
「チュウヤ君、いるか」
声をかけて機械の奥を覗き込むと、
「うわああ」とオサムが悲鳴をあげた。
「やべっ、見つかっちまった」と声を上げたのは、小人ほどの大きさの一人の老人であった。小太りで長いあご髭を蓄え、耳たぶが嘘みたいに大きくてへらへら笑っている。
「あんた誰だよ」とオサムが恐る恐る尋ねると、
「お前は運がいいわ」と言われる。
「運がいいじゃなくて、誰なの」
「大黒様だ」
「大黒様?」