小説

『逃避の行方』小山ラム子(『みにくいアヒルの子』)

 胸がちりつく違和感が薫の胸に広がった最初のとき。それは地区の行事であるクリスマス会の最中であった。薫は小学校高学年であり、他数人の子と共に大人達とスタッフ側として参加していた。
 ぎゅうぎゅうにおしこめば三十人ほどは入る畳の部屋に、トロフィーや賞状その他こまごまとした備品がころがっている物置部屋、そして台所とトイレがついている地区の古い公民館はその日は折り紙でつくった飾りやらクリスマスツリー、リース等でささやかながら装飾されていた。
 薫はよく大人にほめられる子どもであった。「薫ちゃんがいれば安心」「薫ちゃんはよく動いてやってくれる」「薫ちゃんがいてくれてよかった」
 その一方で、同い年の子達とは薫が話しかけに行かなければ特に交流することもない間柄であった。薫はそれを気にしていた。どうにか仲良くなろうと奮闘していたのだがその気が起きなくなったのはこの日の出来事がきっかけだった。
 イベントの一つであった宝物探しは、公民館の中に隠された番号が書いてある紙を見つけてきた子にその番号ごとのお菓子やおもちゃをわたすものであった。しかしここに「罰ゲームをつくろう」と一人が提案したのだ。
 薫は反対したかったがそれを言い出すことはできなかった。他の子ども達は賛成し、大人も特に何も言わなかったからである。このときの薫が何よりも恐れていたのは周りをしらけさせることであった。
 罰ゲームはみんなの前でクリスマスソングを歌うことになった。このくらいなら、という薫の予想は外れ、前に立たされて歌うことを強要された子の中には今にも泣きだしそうな小さな子がいたのである。
「ねえ、あの子泣きそうだよ」
 薫の訴えは笑って流されてしまった。
「でも罰ゲームなんだからさ」
 だからなんだ、と薫は思ったがそれを口にだすことはできなかった。自分もこの罰ゲームに賛成してしまったのだから。しかしこうなることだって予想できたはずだ。ズラッと並んだ大勢の前。仲のいい子達ばかりであったらいいかもしれないが、地区の集まりはそういうわけにもいかない。様々な学年の子がいるのだ。その目にさらされて歌いたくもない歌を歌うこと。そんなものが今必要か。あの子は紙を見つけたとき「どんなものがもらえるか」と期待に胸をふくらませていたのではないか。それを裏切ってしまった自分が恥ずかしかった。
「みんなの前で大変だったね。これあげるね」
 罰ゲームが終わり、半べそをかいていた女の子の近くに行って飴とチョコレートをわたす。女の子は一度うなずいて小さな声で「ありがとう」と言ってお菓子を受け取った。それは薫が大人達から「よく動いてくれてるね」とほめられたときにもらったものであった。

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