小説

『逃避の行方』小山ラム子(『みにくいアヒルの子』)

 野上先輩がポケットから飴をだして薫ににぎらせた。
「ちょっとかれてない? すっきりすると思うよ」
 いかにも効きそうなのど飴だった。喉が弱い自分は乾燥するとすぐに咳がでてしまうので有難かった。
 飴を見つめながら薫はあのクリスマス会の日を思い出していた。半べそをかいたあの子はお菓子をどんな気持ちで受け取ったのだろうか。ほんの少しでも今の自分のようなものがあったならいいな、と思いながら野上先輩を見る。
「ありがとうございます」
 今自分が浮かべている笑顔はちゃんとできているだろうか。多分できていると信じたい。だってそれは意識して浮かべたものではなかったから。
「あの、ちょっとこれから行きたいとこがあるので部活遅れるかもしれないです」
「ああ、いいよ」
 ひらひらと手を振る先輩に頭を下げて今来た道を急ぐ。凛花はもう美術室で部活を始めているだろう。呼び出せるかは分からないがそれでもこの行動は無意味にはならないと思った。自分が行動したという事実。それが積もり重なればきっと意味があるものになる。
 体育座りをしていた自分。地団太を踏んでいた自分。今の自分は何をしているだろう。鏡にうつった自分の笑顔を見て、初めて美しいと思っているのではないだろうか。
 飴玉を口にいれる。爽やかな香りが内部に広がって、薫は恥ずかしいようなうれしいようなそんな気分でいっぱいになっていた。

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