時は就職氷河期、東京。
リカコは絶望していた。啖呵きって上京したにもかかわらず就職に失敗。六畳間のアパートには不採用通知が降り積もり、短冊に『玉の輿』と書く始末。彼氏ナシ。二十四歳にしてコンビニバイト。人間関係はまるで腐葉土。買ったはいいが勝負下着。植えられるタネも夢もない。
このままではいけない。
旅に出よう。
裁きを受けた罪人のごとく、リカコはバイトを辞めた。決断と同時に決済する青春乗り放題きっぷ。青春は取り戻せなくても夢なら買える。そう信じて飛び出した迎春。雪の降らない東京。木枯らしが吹き荒れる中、キャリーバッグに全財産を詰めこみ通勤ラッシュ。人混みかき分けどんぶらこ。桃太郎も驚愕のノーメイク。街ゆく人々振り返る。
ありのままで生きるのよ。
目指すは旅先での恋。レッツ玉の輿。列車に飛び乗りさらば東京駅。最初は良かったが迫りくる静岡県。噂の鬼ヶ島。三時間、ロングシート立ちっぱなし。クロス席に座る頃には生ける屍。キジもイヌもサルも連れず、旅のお供は駄菓子コーナーのきびだんごだけ。
早くも後悔していたリカコであったが、疲れに逆らえず爆睡。豊橋の言葉を聞いたのはいつのことか……。
気づけば夜。知らない駅に到着していた。
寝ぼけて乗り間違えたのだろう。名古屋でも大阪でもなく、無人駅だった。仕方なく、リカコはそこで電車を待つことにする。
冷たい風が吹いていた。時刻は夜八時。ホームはがらんとしており、リカコの他には女が一人だけ。遠く離れた椅子に座っており、藍色の法衣をまとっている。関わってはならないと直感したリカコはぐうぐうと鳴る腹をおさえ、売店を探した。売店どころか券売機すらない。なんだか不気味だった。山あいの駅は静まりかえり、出発時に鳴っていた軽妙なＢＧＭは消えている。
凍てる夜空には星ひとつ見えない。ますますもって妙である。山と畑しかないド田舎で、駅だけがポツリと光っている。
嫌な場所で降りてしまった。コートを着こんで椅子に座りこむ。自販機でもあればよかったが、気の利いた設備はない。
「そこのあなた」
「ひゃい」
降って湧いた声にビクリとする。顔を上げると法衣の女が立っていた。思いのほか若く、三十歳前後に見える。
「あなた、どこへ行くの？」
「えっと、あてのない旅で……」
女は愛想よく頷き、リカコの隣に腰かける。彼女の手持ちは小さなハンドバッグのみ。和裁の高級そうなものだ。
「素敵な鞄ですね。ブランド品ですか？」
「お分かりになるのですね」
