小説

『教えと旅する女』秋月秋人(『押絵と旅する男』江戸川乱歩)

 老人に叱咤され、リカコは慌てて腰を下ろす。他の者たちと同じように頭を下げると、それ以上の指摘は受けなかった。
 雅楽が鳴りやみ、少女が立ち上がる。
「皆様の願いを叶えましょう」
「ありがたや。ありがたや」
 人々は手を合わせて彼女を崇めた。とんだ茶番だ。
 リカコは目配せし、例の法衣の女を見つけた。ざわめく人々の間を抜け、祭壇脇の彼女に近づく。
「どういうことですか。さっさと電車に乗せてください」
「それがあなたの夢ですか?」
「ええそうよ。元の場所に帰して」
「帰すことはできません。これはあなたの夢ですから」
 まったくお話にならない。女は穏やかにほほえむだけだ。
 リカコは部屋を飛び出した。螺旋階段を下りて外に出るが——。
「どうして……」
 扉の向こうは展望台だった。ガラス張りの窓から浅草の街が見える。
 わけがわからない。塔から出たはずなのに……。
「これは夢よ。悪い夢……」
 自分に言い聞かせ、展望台を見回す。ひとつだけ設置された望遠鏡が気になった。吸い寄せられるように近づき、覗きこむ。見えたのは古い町並み。昭和の浅草。砂利道を駆け抜ける子供たち。遅れて聞こえてくる豆腐屋の笛。陽がかげり、見世物小屋に集まる人々。集められた奇人変人——。
「世紀の発明! 喋る自動人形は今日だけだよ! さあさあ、お代は見てのお帰り! そこのお嬢ちゃん! 寄っていかないかい?」
 店主に招かれ、リカコは小屋に入った。簡素なステージに、布に覆われた台が置かれている。安ドラムの音とともに布が取り払われ、和装の美しい娘が現れた。目を凝らすと人形だ。先程の座敷で見た少女と瓜二つの球体関節人形が、台の上で項垂れている。
「この人形に魔法をかけるよ~。ワン・ツゥ・スリィ!」
 店主が指を鳴らす。なんということだろう。人形は生きた人間のごとく、慎ましやかに舞い踊った。
「皆様の願いを叶えましょう」
「ありがたや。ありがたや」
 拍手喝采。老人たちは少女を拝んでいる。店主いわく彼女は喋る人形で、首を取れば中身は空洞だそうだ。どうせ人間とすり替えてのトリックだろう。リカコは種明かしを期待したが、見世物はそこで終わった。
「さあ、帰った帰った」
 店主が屋台を閉める。行き場を失ったリカコの目に、裏の小屋が映った。日暮れのなかに、窓がぽっかりと光っている。リカコは中を覗きこんだ。楽屋らしく、道具や生活用品が雑多に置いてある。

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