女は鞄を愛おしげに撫でる。リカコはちょっと嫌な予感がした。
「これは私の娘なのです。赤ん坊の時に亡くしてしまい、日の光を浴びることなくこの世を去りました。だから、こうして一緒に旅をしているのです」
まさかへその緒でも入ってるんじゃないだろうな。リカコは真っ青になった。こいつはヤバイ女だ。電車よ早く来い。
電車は来ず、女は鞄を開いた。リカコは思わず目を背けたが、女が取りだしたのは双眼鏡である。これまた美しい装飾で、紅色のボディは宝石のようにきらめいていた。目当ての部分は象牙でできているのか、乳白色でつるりとしている。
「それは何ですか? 価値の高そうな双眼鏡ですが……」
「娘です」
訊いて後悔した。
女は双眼鏡を覗き、誘うようにリカコを見る。
「ご覧になりますか?」
「結構です」
「そうおっしゃらずに」
妖艶な笑みで女は差しだす。高級品を触りたい気持ちが勝り、リカコは双眼鏡を受け取った。思いのほか軽い。自分の目が節穴だったのか。そりゃあ、本物の宝石なわけないか。
そう思いつつ、電灯にかざす。接眼レンズと対物レンズを眺めていると、女の手が添えられた。
「あなただけに教えましょう。この双眼鏡を覗くと願いが叶うのです」
「娘って言いませんでしたっけ?」
「娘は願いを叶えます。教えを守った者の願いを……」
ツッコミを無視し、女はリカコの耳元で囁いた。
「叶えたい願いがありますか?」
「それを探して旅をしています。しいて言えば玉の輿でしょうか」
「どんな願いも叶います。教えさえ守れば」
「教えって何ですか?」
「こちらを覗いてはならない。覗けば帰って来れなくなる——」
女の指が対物レンズにするりと絡む。怪訝な顔をしていたリカコだが、その動きに心臓が高鳴った。この女が何を見ているのか知りたい。衝動に突き動かされ、接眼レンズを覗きこむ。
中は真っ暗だった。遠い山を見ているのか、完全な無だ。
「あのー……」
双眼鏡を外して唖然とする。そこは無人駅ではなかった。
巨大な座敷に和装の人々が座っている。祭壇に雛人形のような少女が座っており、人々は彼女に土下座をしていた。少女は高校生くらいだろうか、薄く頬紅をした顔に、小さな鼻と大きな双眸がバランスよく配置されている。同じ女であることに恥を感じるほど、美しい少女だった。
「そこの者! 首を垂れい!」