小説

『すべての祈りがあつまるところ』ノリ・ケンゾウ(『陰火』太宰治)

「そう、だから運がいいって言ってんの。お前、商売繁盛するよ?」
「繁盛? 馬鹿言え、この工場を見ろよ」
 大黒様は、ふーん、と言いながら、工場を見回す。
「たしかにちいせえな」
「ほら」
「まあいいんだよ、小さいのは。おめえよ、この機械つかえ」
「この機械?」
「そう、なんだか居心地がいいんだ、この機械の近く。俺がこう居心地がいいってことはね、金になるぞ」
「いや、そいつは使い道がねえ」
「なんで?」
「紙の鶴を折るだけの機械なんだよ」
「そいつはいいじゃねえか」
「よくねえよ」
「紙の鶴、っつったら、千羽鶴だろ。祈りはいいぞ。今の世の中、祈りがなきゃやってられない」
「祈り? それが商売になるの」
「なるよそりゃあ、俺らみたいな輩も、祈りの商売だろ」
「そうか、ってことは神様ってのも商売なんだ」
「そりゃあな、俺タダ働きしたくないもん」
へえ、と言い、オサムは折り機に目を向ける。
「祈りねえ」
「そう、祈り。ま、せいぜい頑張れよ若僧」
 と言い残し、オサムが次に視線を戻したときにはもう大黒様はいなくなっていた。

 翌朝、オサムは朝一番に川端とチュウヤ君を呼んで、紙の鶴を折ると言いだした。どういう風の吹き回しだ、と川端に言われ、オサムは、祈りだよ祈り、と答えて機械の電源をつける。
「やっさんこれ、動かし方分かるの?」
「一応」
「ちょっと折ってみてよ」
 川端が折り機の支給口に用紙を積み、ボタンを押す、紙が流れ、幾層に積み重なった金属のあいだを行き来しながら紙が不規則な形に折られていく。オサムは固唾を飲んで紙の鶴が折られていく様を見つめている。折りあがった鶴が、何十、何百とベルトコンベアを流れて出てくる。オサムがそれを取り上げる。ぺたんこの紙の鶴の羽を左右に引っ張り、先端を曲げて頭を作る。誰でも一度は折ったことがある、紙の鶴の出来上がりだ。
「こいつはすげえ」
 オサムの口から思わず声が漏れ、そのときばかりは何にも関心を示さないチュウヤ君も、機械をじっと見つめている。
「頭の部分だけはな、最後まで折れなかったんだけどな」
「それは構わねえ」

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