もしあの公民館に凛花がいたらどうなっていただろうか。自分はあの罰ゲームに反対すると言えていただろうか。しかし時間を巻き戻すことはできないし、もう考えても仕方がない。今芽生えたのはこれからはきっと言えるであろうという期待だ。
それから薫は凛花といる時間が増えていった。見た目もかわいく人気のある凛花の隣にいると何かとやっかまれることもあり、小中学校での女子のいざこざを思い出すこともあったがそれはやがて収束した。なにより凛花のほうが薫から離れなかったのだ。
「薫さ、なにか無理してない?」
そんな心配をされるようになったのはしばらくたってのことだった。薫は特に思い当たることもなかったので首を横に振ったが凛花は納得しなかった。
「だって最近部活も忙しいのにクラスでも頼み事されてるじゃん」
薫は凛花の危惧していることが分かった。部活でもクラスでも文化祭の重要な役割を担っているためここ最近は走り回ることが多かったのだ。それでも無理してやっているのではなく楽しくやっていた。手先をつかう作業や自分で何かを決めていくことは好きだった。
「大丈夫だよ。楽しいし」
心配してくれるなんてやっぱり凛花は優しいな、と薫がうれしく思ったのはここまでであった。
「本当? 私には本当のこと言ってくれていいんだよ?」
相変わらず凛花の声は優しい。それなのに薫にはあの感覚があった。それと共に現れたのは体育座りをしていた自分であった。今やそいつは座ってなんかいなかった。そいつは地団太を踏んでいた。その様はなんともみにくかった。
薫はショックを受けていた。そんな自分の心に気が付いたことに。そしてそのみにくさを凛花に感じてしまったことに。
薫は笑顔を浮かべる。意識した笑顔だった。その表情で「本当に大丈夫だよ」と凛花に伝えてから薫は自分自身にも伝えてみた。本当に大丈夫だよ、と。地団駄を踏んでいたそいつは言った。「嘘つき!」と。
「お前は昔から嘘ばかりついている。周りをみにくいと思っていただろう。あのクリスマス会だって。こんなことしてかわいそうだろうって。でも思ったってだめなんだ。意味なんてないんだよ。しょせんお前は思うことしかできない意気地なしだ」
だって、と薫は反論する。だってあそこで言っても無意味じゃないか、と。声はすぐに返ってきた。
「無意味じゃない。たとえ変わらなくたって自分が言ったという事実は残る」と。
薫は尚も反論する。でも今なら言える、凛花がいるから、と。「へえ」と声は意地悪な響きをにじませる。
「さっきお前はなんて思った? 初めて本当のことを言えると思ったあの子に」
言われなくても分かっていた。だってこれは薫自身なのだから。
「どうして信じてくれないの」
その言葉は自身にさえも向かっているようだった。