小説

『どこからが未来でとわこで俺たちで』もりまりこ(『一寸法師』)

「ほらな、そういうことやねん。ちいさいからかなしみがちいさいとかやないやろう」
 その打ち出の小槌は、一寸とふたりで砂の中の奥深くに埋めた。

 あんな一寸との日々は遠い昔すぎて忘れてしまいそうなぐらい時間が経った。
 あれから俺はあの家を大学入学と同時に出て、とりあえず勤め人になって、恋人がひとなみにできて、結婚した。結婚したけど俺たちにはずっと子供が出来なかった。
 俺の過去は長くなってしまったと最近思う。
 その後ろには、いろんなひとたちの人生とかがあって、日常のつらなりがあって、あいとくらしとつみとばつとへいわとせんそうがあって、ってぐるぐるとさかのぼってゆくだけで、いまここにいることがめまいを覚えてしまいそうに、うしろがわの道の長さを思う。そして、前を向いたとき、あ、もう未来の時は刻まれていることに気づく。

 妻とふたりで、あの砂浜に来ていた。何年ぶりだろう。妻は時々この砂浜に来て、海の風を吸い込むのが好きだと言っていた。
 妻が、秋生君あのねって話しかける。秋生君って呼ぶときは何か頼み事があるときの口癖だった。
「わたし秋生君に嘘ついてる」
「嘘って?」
 よからぬことを想像して鼓動の音が波の音に被さった。
「わたしね、ちょっとずつ若くなってるよね」
 妻の横顔を見る。去年よりも、二年前よりも、結婚した頃よりももしかしたら若く感じる。
「そうかもしれないけど。嘘ってなに?」
 妻は俺の問いかけを無視したみたいな勢いで、砂浜の砂を掘り始めた。犬かと思うぐらいの速さで。妻の手が掴んでいたのは、砂まみれのあの日の打ち出の小槌だった。
「すこしずつ、振ってたらわかくなっていったの」
 俺は絶句したあと、知らない素振りで微笑んだ。
「そ、それって一寸法師がもってるとかっていう打ち出の小槌?」

 秋生は、どこからが未来なんてないんだと思う。未来だけじゃなくて、もしかしたらこの<どこからが>っていうその先のこたえはいつもあいまいで、言ってるそばからもうはじまってますよってことなのかもしれない。

「とわこ。今でも赤ちゃんほしい? 夢でよく見るんだ。俺たちの子供がなんか変なことばっかりして、ふたりが笑ってるっていうゆめ」
「秋生君、子供ができないことはふたりのせいじゃないよね」
 ふたりがふたりのどちらかを責めたことはない。それだけは救いだった。俺たちは、少し古ぼけた打ち出の小槌を振ってみた。

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