小説

『どこからが未来でとわこで俺たちで』もりまりこ(『一寸法師』)

「もしかして、あの噂の一寸?」
「失礼な。そうやけど。俺の小ささを単位にして名前で呼ぶな。なんか暗い人おるなって思って来てみたらやっぱきみだった。後ろ向きな人大好きやねん」
「うしろむきって。ぼくは後ろなんて向いてませんよ。だいたいあなたでしょ。後ろ向きに漕いでいたのは。あのふね? いやさざえじゃないですか!いやぁ、でもほんとうにちいさいんですね」
「ちいさいよ。ちいさいから、いっつも存在に気づいてもらえないぐらいで。そういうことには慣れたけど、な。ま、存在の薄さでは、きみも負けてへんからね。それはそうとポールヴァレリーや。さっきの」
「え?」
「だから、きみがヤな感じって思ったそのことばは、俺やなくてフランスの偉い人の。後ろ向きにオールを漕ぐと、未来に進むってほんまなんやで」

 一寸法師のことは、なんとなくクラスで話題になったことがあった。それも
 ずいぶん昔のことだ。俺が中学生のころだから10年前ぐらい。地域伝説みたいなものだと思ってたし。お前さそういう話知ってる? って言っていたヤツがすごい性格の悪いヤツだったから、試されてるのかもって思って生返事しかしなかったのだ。
 俺は急にあの話を思いだした。
「ほら、ちいさいのが嫌ならそれ、マラカスみたいなやつ振ればいいじゃないですか。振れば大きくなるんでしょ」
「マラカス? ってなんや」
「ほら、その砂のついてる・・・」
「これは、打ち出の小槌や。君は何も知らへんねんな」
 それ振れば大きくなるんでしょって、も一度言って、俺がそれに手を掛けようとしたら、あんなにちっちゃいのに信じられないぐらいおっきな声で、あかんあかんって制した。波が割れるぐらいの声だった。
「だって、お話では大きくなって出世して、お姫さまもらって幸せに暮らしましたとさ、みたいな感じでしたよ」
 甘いね、きみは。ほんとうに甘ちゃんだねって笑った。一寸が笑った時、エスパドリーユの甲のあたりに風を感じた。鼻で笑われたのだ。
「じゃ、ちいさいままで、どうぞこれからも生きてください」
「なに? その態度。感じわるぅ。信じられへん。せっかく俺と逢わせてあげたちゅうのにね。言うてなんやけど、俺はきみよりもレジェンドやで。今日日の若いもんはほんまに礼儀言うか、薄情なやつばっかりやで」
 俺はからまれてる。大体が学校に辛うじて通っていた頃から、かなりの確率で絡まれたり、煽られたりしてきたけれど。とか思いつつ俺は相手になってやることにした。

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