「あれですか? 小さいってことは悲しみも、ちいさいからいいじゃないですか」
「は? はぁ?」
逆鱗に触れるってこういうことなのか。っていうぐらいその時、空に稲妻が走ったみたいになって、はるか向こうで遠雷がした。
「よう言ったね。ちいさいと、かなしみもちいさい? なめてんな。一寸法師のポジションが、ほんまになめられてんねんな。ほんならもうわかったから、きみが、その打ち出の小槌を振ったらええ」
俺は、じりじりと砂浜の上を小槌がずらされてこちらに寄せられているのをじっと見ていた。
「いや、ぼくはこれぐらいの背で十分ですよ。デカすぎず小さすぎずって。結構気に入ってるんで。この世の中、目立つとあれなんで」
「いいから、振ってみぃって」
あんまりしつこいので、振ってあげることにした。
それは思っていたよりも軽く、拍子抜けするぐらいの軽さだった。
振ってみて、一寸がどれぐらい大きくなるのか見届けてあげようって思ってたら、一寸はちっとも大きくならずに、逆に時間が後戻りしたのは俺の方だった。
小学生の俺がそこにいた。
父親が死んで母親が再婚して、あたらしい父親と出逢った頃だった。
にこりともしない、付き合いづらい男の人だった。あきらかに、俺のことは邪魔なんじゃないかというような、そんな空気を醸し出すひと。
スポーツ新聞をすごい音を立てて、めくるのだ。咳も大きかった。だいたい咳が大きいってだけでサラリーマンとしては、そもそもその段階で落ちこぼれているって、塾だけで会う隣町の小学校に通う津田が言っていた。
秋生君のほんとうのお父さんにはなれないと思うから、お父さんとか呼ばないでいいよ。気を遣わないでいい。俺、気を遣うこども嫌いだから。
継父はただ、そう言って缶ビールのボディをぐっと凹ませるぐらいの指の圧力で押しながらそれを飲んでいた。
いつだったか親の名前と子供の名前を書く欄に、俺の名前は秋男になっていた。俺はその文字の上に修正テープを乗っけてから、<生>の字に書き替えた。
継父は、宅急便の配達人だった。
ちいさくなった俺はある日、とぼとぼと青い薄いランドセルを背負ったまま道を歩いていた。両手には、人のランドセルや補助かばんを持たせられて。