小説

『私、パンツを被るのが好きなの。』久保ちょこら(『嘘をつく子供』)

 一次会が終わるともちろん、亜紀は坂口健太郎の劣化版と同じタクシーで消えていった。
「少し、歩きますか?」
「は、はい。」
 お喋りしながら、明らかに道玄坂へ向かっているのがわかった。
「今日本当すごく楽しくて。全部美里ちゃんと出会えたおかげかなって思うんだ。」
「本当ですか?嬉しいです〜」
と言いながら、私はLINEに登録された知り合いにひたすら助けを求めた。しかし、グループラインは既読スルー、個人ラインで返事が来た人もまだ仕事で行けないとか、駆けつけようとしてくれた子からは理由を説明すると「頑張って」の4文字が返ってきて以降返事が途絶えてしまった。亜紀のように八方美人ではない人間が彼氏と別れて合コンばかり行っていると、男を探し漁っている痛いメンヘラ女という噂が社内で私の元にまで一人歩きしてきてしまうほど広まっていることは事実のようだった。隣にいる徳井は私に何の疑いもなしに、笑いかけてくれる。私の咄嗟についた嘘を現実にしなければならない瞬間が近づいていた。
「ここ入ろうか。」
 突然足を止めた徳井の指差した先には「ホテル愛愛」の文字。断る間もなく流れに身を委ねざるを得なくなり、中に連れ込まれてしまった。
 部屋に入るなり、言葉もなく、徳井は襲いかかってきた。
「脱がせて、パンツ。」
 されるがままの私の耳元で徳井は呟いた。徳井のパンツを脱がせてやると、やはりあの言葉が出てきてしまった。
「被って、パンツ。」
 本当はパンツなんて被ったことないと言おうとしたところで、圭太からの「普通すぎる」という言葉が頭をまた過った。もしかしたらこれで過去を脱却できるかもしれない。
「う、うん。」
 男性のボクサーパンツは女の子の顔にはあまりに大きいようで、顔がまるっと埋まってしまう。
「可愛すぎる…やっぱり僕とぴったりだと思う。付き合おう。」
 顔が埋まり前が見えない私に徳井はいきなり告白してきた。
「えっ。」
 まさか六本木ヒルズのような男に、夜景の見えるレストランではなく、まだ温もりの残ったパンツの中で告白されるなんて思ってもみなかった。
「えっ。」
 被っていたパンツを取ると、徳井も私のパンツを被っていた。
「ハッハッハ。」
 思わず吹き出してしまった。
「そんな笑わないでよ〜良い雰囲気だったのに〜」
「どこが良い雰囲気なの〜」
 笑いが止まらない。
「なんか可愛く見える。」
 私のパンツを被った徳井がとても愛らしく見えている自分に気がついた。こうやって何でも晒し合うことが必要だったのかもしれない。
「ちょっとやめてよ〜俺まで笑えてきちゃうよ。」
「はい、私で良ければ。」
「えっ、いいの?付き合ってくれるの?」
「はい、お願いします。」
「よかった〜こういうの分かってくれる人ずっと探してたんだ。美里ちゃんももう一回被って。」
 また被らされたパンツの中は愛情で満ちていた。

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