小説

『きってむすんでほどく』平大典(『運命の赤い糸』『続幽怪伝』)

 僕はエスプレッソを一口含む。
「全部、結びなおしでしたよ。彼女、四〇本近く切っちゃっていたので。一日仕事でしたよ。松尾さんにも電話したじゃないですか」
「悪い」松尾さんはほほ笑む。「仕事中だったし」
「これで一件落着ですよ。沙月も交際復活したし。……で、松尾さんは赤い糸をどうしたんですか?」
「はん」松尾さんは右手小指に結ばれている赤い糸を見せた。「オレのは、また嫁さんとは別の誰かとつながったみたいでね。バツイチになったら、その子を探しに出かけるさ。……で、羽場君は?」
 松尾さんは僕の体中を観察し、怪訝な顔をした。
 僕の身体から赤い糸が出ていないからだ。
「僕の赤い糸なら、ほどいて部屋の机に放り込みました」結局、眼鏡の女性に糸を切らせた。「あんなものに自分の人生を振り舞われるのは勘弁ですから。自分の運命の相手くらい、『赤い糸』に頼らずとも、自分で探しますよ」
「……殊勝だね」松尾さんは溜息を吐く。「歳下から、そんな自己啓発的で立派な発言があると、おじさんの立場がない」
「じゃ」僕はバッグから使い捨てのカミソリを取り出した。「松尾さんの赤い糸も切ればいいんですよ」
 松尾さんは目を丸くした。
「無理だ、無理無理」
 僕は困り顔の松尾さんに無理やりカミソリを手渡す。
「じゃ、ヒゲを剃ってください」

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