小説

『きってむすんでほどく』平大典(『運命の赤い糸』『続幽怪伝』)

「そうだよ」松尾さんは口ひげをいじる。「でも、注意しないとな。最近さ」
「糸を切っている奴がいますよね、この近辺で」
 赤い糸が切れること自体は、珍しいことではない。
「だよな、やっぱり」
 ただ、意図的に糸を切られているのが散見していた。ここ数週間の間に増えている気がしていた。目的は不明だが。
「気を付けないとな」


***


 交際している沙月と少し遅刻気味に居酒屋へ向かうと、既に先輩たちは飲み会を始めていた。五、六人はいる。
「おい、羽場」僕らを呼んだ先輩の田辺さんが座敷の上で手招きする。「遅いよ、お前ら」
「すいません」
「ごめんなさい」沙月も僕に続いて、ほほ笑んで頭を下げていた。
 沙月は軽音サークルの後輩で、一個下になる。交際は半年だ。
「ねえ、羽場さん」沙月は席に座りながら、耳元でささやく。「今日ってどんな集まりなの?」
「えっと。田辺さんが前のライブで知り合った人らと飲み会なんだってさ。音的には、マイブラのファンだっていうから、シューゲイザーっぽいのかな」
「ふうん」沙月はちょっと頭をひねる。「ちょっと何言ってるかわかんない」
「すいません」
 僕は沙月の『赤い糸』を見つめる。沙月の右手首に縛ってある赤い糸は、僕とはつながっていない。
 見るたびに憂鬱になる。
 彼女の運命の相手は僕じゃない。
 僕の赤い糸も、右足の親指に結んであるが、どっかの誰かにつながっている。
 沙月には言えない。僕らは互いに運命の相手じゃないんだよ、なんて言えるはずがない。
 一つだけ解決策がある。
 糸を切って、僕に結びなおすのだ。
 自覚はしている。
 卑怯で最悪な手だ。


***


 飲み会が一時間ほど過ぎたころだった。

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