小説

『きってむすんでほどく』平大典(『運命の赤い糸』『続幽怪伝』)

 結局、沙月の赤い糸を、坂口と同じ部位、左手首に結びなおしてしまった。
 おかげで、僕は寝取られたかわいそうな奴となってしまったが。
「後輩のためだ。白状しとかないとね。……実はさ」松尾さんは、缶コーヒーを一口含む。「オレは、奥さんの赤い糸をオレと結びなおしたんだ」
「え?」僕は松尾さんの顔を睨む。
 ふざけている気配はない。
「ところがさ、結婚はできても、結局はうまくいなかったよ。オレ自身が後ろめたいってのもあったと思うけど。……それに」
 松尾さんは僕へ右手の中指に繋がっている赤い糸を見せた。
「どうしたんですか」
 松尾さんは無表情のまま、赤い糸を手繰り寄せた。
「天罰だ」
 その先は。
 切られていた。
「まさか」
「昨日、家に帰ったら、奥さんが家から出て行っててな。糸を確認したら、誰かに切られていたよ」
 松尾さんは溜息を吐いた。
「む、結びなおすしかないじゃないですか」
「いや、元からオレは彼女の運命を捻じ曲げたんだ。しっぺ返しだよ。当たり前だ」
「でも」
「ありがとう、羽場君」松尾さんはすっきりした様子で、ほほ笑んだ。「でも、あいつは捕まえないとな」


***


 次の日、僕は軽音サークルの部室へ向かった。午後からバンド練習をするので、その準備だった。
「お、羽場」
 小汚い部室には、先輩の田辺さんがいた。ジャージを着て、毛布をかぶっていた。
「ういっす」
「聞いたかよ」田辺さんは、スマホの画面を見つめている。「今、連絡があったんだけどな。お前さんの元カノ、沙月ちゃん、別れたらしいぞ」
「え? な、なんで」
「いや、俺も事情はよくわかんないけど。乗り換えした天罰でも……。ちょいまて」田辺さんは再度スマホの画面を睨む。「おかしいな。ほかの奴らも、なんか彼女や彼氏と別れたって連絡が……」
 僕は田辺さんのスマホをのぞきこむ。次々にメールやラインやらで連絡が入っている。
「これって、どういう人らですか?」
「えっとな。……全員この大学の奴らだ」
 僕は部室から飛び出した。


***


 キャンパス内は異常な光景だった。

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