小説

『きってむすんでほどく』平大典(『運命の赤い糸』『続幽怪伝』)

 誰も彼もの赤い糸が切られ、糸が舞っていた。
 ケンカをしているカップルもいれば、電話口で泣きじゃくっている人もいる。図書館の前では、もみくちゃで殴り合っている男女もいる。
 まずい。
 僕は周辺を見回す。
 全学棟の屋上だった。
 銀色に輝くハサミを握った影があった。


***

 屋上にいたのは、眼鏡をかけた女性だった。
 見たことはない。
 ぼうっとした様子で、手には、和バサミを握りしめていた。
「おい」
 僕が声をかけると、彼女は顔を上げた。
「……なんですか」
「あんた、それで、赤い糸を切ってんだろ」
 女性の顔が歪んだ。
「……あなたにも見えるんですか?」
「そうだよ。それを渡せ。この大学中の糸がめちゃくちゃになってんだぞ。大混乱だ」
「やだ」女性は和バサミを抱えるように、握りしめた。「やだ」
ふと、僕は足元へ目を向けた。
「まじかよ」思わず声が出る。
 彼女から出ている赤い糸は僕の右足に繋がっていた。
 まさか。
 彼女も同じことに気付いたようで、目を丸くしている。
「あなたが」
「……なんでこんなことを」
「付き合っていた彼氏が、この大学の女に乗り換えたんだよね。沙月とかいう名前の」女性は泣き始めていた。「……いつかはこんな日が来るって知っていたけど。やっぱり無理」
 僕は目をつむる。あっちもカノジョ持ちだったとは。
 なんという皮肉だ。
「……僕のせいだ」
「なに?」女性の目つきが鋭くなる「あんたが……」
「沙月は俺の彼女だったんだ」
 女性はその言葉ですべてを悟ったのか、その場にへたり込んだ。


***

「でさ」アイスココアを飲み干した松尾さんは、口ひげをおしぼりで拭いた。「切られまくった糸はどうしたんだい?」
 昼前の喫茶店に客はいない。僕と松尾さんだけだ。

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