小説

『きってむすんでほどく』平大典(『運命の赤い糸』『続幽怪伝』)

「遅れてすいません」宴の場に背の高い男がやってきた。
 僕と同い年くらいだろうか。
 トレンチコートを羽織り、ギターケースを背負っている。
「お、坂口ちゃん」田辺さんは焼酎の水割りを飲み干しつつ、手招きする。「はやくおいなってば。もうみんなけっこう飲んでいるよ」
「バイトが長引いちゃって」坂口という男は、申し訳なさそうに田辺さんの隣に座った。「これから飲みますんで」
 僕はチューハイを飲みながら、沙月の横顔を見つめていた。沙月は僕が見つめているのにも気づかず、薄く微笑んでいた。
 沙月の『赤い糸』は、その坂口という男とつながっていた。
 ただし、沙月は右手首で、坂口は左手首だったが。
「どうした、沙月」
「え」沙月は僕の目を見つめ、ほほ笑みなおした。「なんでもないよ。あの人、どっかで会ったかなって」
「かもしれないね」
 僕はそう答えるだけで必死だった。


***


 その夜、沙月は僕の部屋で泊まることにした。三次会まで付き合って、僕らはへとへとだった。
 彼女はシャワーを浴びて、そのまま眠ってしまった。
 僕はベッドの脇に座り、沙月の横顔を見つめた。
 ぐっすり眠っている。
 いつか。赤い糸が僕らを結ぶんじゃないかと期待していた。
 僕は手にハサミを持っていた。
 これで。沙月の右手首にある赤い糸を切ればいい。
 そうすれば、楽になる。
 僕は眠ったままの沙月の右手首を掴んだ。


***


「英断だったね、羽場ちゃん」
 ベンチの隣に座っている松尾さんは、口ひげを摩っている。
 昼下がりの公園には、ジョギングしている中年男性が一人いるだけだ。
「結びなおしたら、翌週には付き合い始めちゃいましたよ、あの二人」

1 2 3 4 5 6