肩肘をついてホホ肉を前に寄せながら、楓がブーたれた声で聞いた。
「だから、そもそも考えてないって。」
俺はだらんと腕を垂らして、顔だけ窓の外に向けていた。中庭のカエデや桜は緑を濃くし始めて、フライング蝉が少しずつ鳴き始めていた。
「もう、真剣に考えなさいよ。皐月の人生にとって、大切なことなのよ。」
なるほど、これからの人生、女心が分からなければ一生童貞ってわけか。確かにそれは困る。
「なんだろ、金?」
「違う。」
「あ、分かった。イケメン。」
「それ、完全にモテない男の発想。」
なんだよそれ、と俺はため息をつく。なんでコイツにモテ男レクチャーされなきゃならないんだ。
「もういいや。また次までの課題ね。これが分からないと皐月は前に進めないんだから。あれ……そういえば、単語アプリ、やらないの?」
机に置いたままのスマホを見て、楓は言った。
「うん、俺、親父の工場継ぐから。」
「そうなんだ……。英語、結構得意なのにね。」
俺は窓の外を見たままだったけど、楓の口調があからさまに曇っているのが分かる。俺はなぜか少し焦って、彼女の方を見る。
「あのね、なぞなぞの答えはね……」
楓が寂しそうな声で発した時だった。すっと、俺の横に立つ影があった。
「皐月君、ちょっといいかな。」
学級委員長の啓子だった。楓がスッと立ち上がる。
「じゃ、あたし、戻ってるね。」
「勝手にしろよ」という言葉が、なぜか出なかった。
俺を廊下に連れ出した啓子は、苛ついた様子だった。
「あのさ、皐月君。みんなが受験に向けて頑張ってるの分かってる。」
「そりゃ分かってるよ。」
「分かってるんだったら、もう少し考えようよ。」
「あぁ……そうだよな。」
何となく啓子が言いたいことが分かった。そうだよな。最近みんな休み時間も勉強してるもんな。俺たちの話し声、邪魔だよな。
「分かった。小さい声で話すようにするわ。」
「小さい声でっていうかさ、皐月君、そろそろ直した方がいいよ。」
「ん、何を。」