もうズフィスは、セリヌンティウスに対して何の恐怖も抱いていなかった。メロスを一度だけ疑ってしまったのだと素直に告白し、友人と共に嬉し涙を流す彼のことを、どこまでも不器用で人間くさい奴だと思った。メロスもお前も、二人揃って面倒な良い奴だと思った。
二人のそばに暴君ディオニスがおずおずと歩み寄り、自ら和解を申し出た。その言葉に、群衆は大きな歓声を上げた。
そうだ、信実とは空虚な妄想ではない。目の前に立つ二人の青年が、その命を賭して証明してくれたのだ。
ああ、今日はどんなに素晴らしい日だろう。きっとこの日のことを、民は全員忘れない。美しい二人の友情を、長い道のりを走り抜けた勇者のことを、未来永劫語り継ぐであろう。
人々が歓喜に酔いしれていると、一人の少女が緋のマントをメロスに捧げた。よく見るとそれはズフィスの長女であり、ズフィスは驚いて瞠目した。
セリヌンティウスにからかわれ、メロスは赤面する。それを見て妻は嬉しそうに笑っていた。
どこからか空へ投げられた蒲公英が、勇者を朗らかに祝福した。