小説

『ポンポコポコポコカグヤヒコ』義若ユウスケ(『竹取物語』)

「わあああああああああ」といいながら台所の壁はユミ子をひき殺した犯人の男にどん!とぶつかった。
 犯人の男はのろまな流れ星のように宙を舞い、はでな音をたてて地面に落下した。即死だった。復讐完了だ。おれは勝利の雄叫びをあげた。おれが雄叫びをあげながらひとしきり勝利の喜びをかみしめていると、うなだれた様子の台所の壁がとぼとぼ近づいてきていった。
「なあポンポコポコポコカグヤヒコ、ぼくは自首するよ」
 ポンポコポコポコカグヤヒコ、というのが、おれの名前だ。母さんが(ポンポコポコポコと鳴り響くたぬきのおならのように明るく陽気でかぐわしい男に育ちなさい)という意味をこめてつけてくれた名前だ。
「勝手にしな」とおれはハードボイルドにいいはなった。
 台所の壁はかすかに微笑んで、くるりと体を反転させた。あとはもうなにもいわずに、彼は夜の闇へと歩き去っていった。おれは家族といっても過言ではないほど親密な関係を築いていた台所の壁とのとつぜんの別離に胸をしめつけられながら家に帰った。さっとシャワーを浴びたらすこし、気持ちをきりかえることができた。ソファーでビールを飲みながら、
「さて、今度はがんばってユミ子を蘇らせるぞ」とおれは口にだしてつぶやいた。
 すると、
「なんだって? 死んだ恋人を蘇らせたいだって? そういうことならわたしに頼むといいです。わたしそういうの得意だから」といいながらどこからともなく見知らぬおじさんがあらわれた。
 おれはびっくりしてとびあがった。
「わあなんだおまえは! いったいどこからはいりやがった!」とおれはいった。
 見知らぬおじさんはとつぜんの侵入者に動揺するおれを無視してソファーに腰をおろした。
「ようするにですねえ、人を蘇らせるにはそれなりの専門知識が必要だってことです。なんとわたしにはそれがある。だから、あなたの力になってあげられる。しかもタダで。はっはっは」
 なんということだ。超ツイてるじゃないか。おれはさっそくこの見知らぬおじさんをたよることにした。
「それじゃあさっそく作業にとりかかりましょう」と見知らぬおじさんはいった。
「はい! お願いします!」とおれはいった。
「まずはなにか、ユミ子の遺品をここに用意してください。なんでもいいです。ユミ子が生前よくつかっていたものだったらなんでも。ペンとか、パジャマとか、なんか残ってるでしょ。そういうものに人の魂のかけらは宿るのです。わたしはこれからそのかけらを見つけだし、魔法でそれをふくらまします。それから魔法でさらに肉体のほうもなんとかして、どうにかこうにかユミ子を蘇らせてあげます。だからほら早く早く。早くあなたはユミ子の遺品をさがしてきなさい」といって、見知らぬおじさんはソファーにふんぞりかえって煙草を吸いはじめた。

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