あっさり紹介されてしまった。それに「彼」は自称鬼おやじとなんだか親しげであった。
「なんだ、気が付いて追いかけてきちゃったんだ。良い人じゃない」
「うん」
「そうかあ。じゃあ、ちゃんと話して。俺は適当にその辺どこか行ってるから夜までにはね、よろしく」
「はい」
私を置いて何やら話が進んだらしく、自称鬼おやじは裸足のままどこかへ行ってしまった。
「彼」は無言のまま歩いて行き静かにベンチに座った。その姿が「座りましょうか」と言っていた。古い木製のベンチは男二人を支えると軋み、私は少し不安になりながら「彼」の話を聞いた。
「まず、先生が俺のことをよく覚えていないのはわかってるので気にしなくていいです。というのも、俺が自分でそうなるようにしてもらったことなので、むしろそのままでいいし、こうしてまた話す方が不本意だったんですよ。あ、でも、特別何か嫌なことがあったとかそういうわけでもなくて、だから、べつに俺のことは気にしなくてよかったのに」
「彼」の言葉は淀みなくはっきりとしていたが、内容はさっぱりであった。
「そうなるようにしてもらったっていうのは?」
「さっきのおじさんです。あのおじさんは本物の鬼ですよ。昔話で、鬼がおじいさんの瘤を取って別のおじいさんに付けちゃったっていう話、本当は物だけじゃなくて記憶とか、命とかも取ったりできるらしくて」
あの怪しげなおやじの姿もあり、まさかそんなことがあり得るかと思う一方で、論理的には説明し難い事態が現実に起こっていることも忘れてはいなかった。
「もちろん俺も最初から信じたわけじゃないですよ。だけど、本当にそんな不思議なことができるのか証明して見せてくれって頼んだら、名前を取られたんです。あとで返してもらいましたけど、その時は全く自分の名前が思い出せなくて、わからなくなりました」
「じゃあ、今してもらってることっていうのは?」
そう聞くと、小さくため息をついた。
「それでおじさんに聞いてみたんですよ。何か一部分だけじゃなくて、人ひとり全部を取っちゃうことはできるのかって。もしそんなことをしたらどうなるのかって。そうしたら、『現実の世界からはそいつの体も命も、関連する記憶も記録も全部が消える』って教えてもらいました」
そして「彼」は言った。
「だから俺は、少しずつこの世から消してもらっているんです」
その顔は優しく、幸せそうに微笑んでいた。
冬の夕空はいつの間にか明りを失って、私たちは薄暗い青さの中にいた。
自分の生徒が消えると聞かされても私はあまり動揺しなかった。それは記憶からなくなってしまった「彼」の姿をぼんやりとしか捉えることができていなかったからかもしれないし、あるいは私自身がかつて同じようなことを考えていたからかもしれない。
「僕も前は死にたいとか消えたいとか思っていた時期があったんだけど、結局はその方法まで考え出すとやっぱり嫌で、教員になったのは、そういう僕みたいな奴と一緒に頑張りたかったからなんだよ。だからさ……」
友達になろう、と言おうとした。