小説

『花咲かす大樹』まる(『こぶとりじいさん』)

 その出会いは彼にとって都合の良いことばかりだった。鬼は人知を超えた力によって、人のあらゆるものを取り出し、それを他人に付けることができた。そして彼は迷わず決断した。以前から死にたがっていた自分の命を取り出し、生きることのできない妹に与えようと。そして家族も友人も、誰よりもその命を与えられる妹本人がそのことを知って悲しむことのないように、みんながちゃんと喜べるようにと、自分の存在そのものまでも鬼に奪い取ってもらうことを決めた。


 私が現実に戻って来た時、そこにはもう彼の体はなかった。そして滲む地面を見つめながら、私は強く拳を握り締めた。妹の為にそうするしかなかったのだと理解はしていた。理解はしていたがそれでも、私は大樹にも生きていてほしかった。

 それから数日後、私は表崎先生に頭を下げ、大樹の妹の見舞いに行った。
「『花ぞ昔の香に匂ひける』は誰に教わったか思い出せました?」
「いえ、なんかうまく思い出せなくて……」
「そっか。実は僕の友人がこの病院によく通ってたことがあって、そいつに以前教えたんですよ。『花は昔と変わらずに香っている』って意味だって」
「じゃあその人なのかな。でも私も表崎先生に意味を教えてもらいました。花って梅の花のことなんですよね」
「そうだけど、内田さんに教えた人は多分、梅だと思って言ったんじゃないと思います。『内田花が昔と変わらず、元気で咲いているように』って、そう願っていたんだと思います」
「えー!先生それはちょっと格好つけすぎじゃないですか?」
「なんで!いいじゃん!」
「あはははは!」

 真実はただ私の中にある。それでも、彼の残した言葉は今も彼女の心の中にある。
 咲くように笑う花の顔は、大樹にとてもよく似ていた。

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