小説

『花咲かす大樹』まる(『こぶとりじいさん』)

「すいません!お見舞いまた今度来るので、すいません、急用で」
 表崎先生にそう言い残して階段へと向かった。すでにエレベーターは扉を閉めて下の階に下りてしまっていた。
 走らないようにしつつも限界まで速足になって階段を降りた。一階に着いた時、「彼」はちょうど病院を出るところで急いでいる様子もなかった。こちらが急げば追いつくのはわかっていたが、名前も何もわからない生徒に声をかけることはできず、こっそりと後を追った。
「彼」は我々が来た道を戻るように進み、ちらほらと見えた同じ制服の生徒たちとは逆を歩いていった。学校へ戻るのかと思ったが途中で逸れて脇道へ入っていった。その道の先にあるのは、世にも珍しい神社である。

 付近の住宅と比べても変わらない程度の敷地に収まっている小さな神社だが、何が珍しいのかといえばそこには鬼が祀られているという話で、その鬼は昔々にとあるおじいさんの瘤を取ったり付けたりしたという逸話があった。
 そこから、参拝すると病気が取り払われて元気になるとか、失せ物が帰ってくるというようなご利益があると言われるようになったらしい。あの病院もそれにあやかってここのすぐ近くに建てられたという噂があるが実際は特に関係はないようである。失せ物の方は少々都合よく解釈しすぎている気がしたが、私にとってはご利益が本当にあるのかということよりも、年頃の高校生が神社や鬼などのご利益を真剣に信じるのかということと、「彼」が何の為に神社へやって来たのかが問題であった。
 誰もいない境内へ入っていくと「彼」は礼をするでもなく賽銭をするでもなく、すぐに狛犬の横で立ち止まって地面を見下ろした。敷地の外で隠れていた私からは見えづらかったが、よく見ると「彼」の視線の先、台座の向こうに人の足のようなものがあった。まさか、ここで誰かと会っていたのか。
 そう思った時にはもう「彼」の前に飛び出していた。
「あ、先生……」
「彼」は私を見てそう言った。
 さてどう話せばよいかと考える間もなく、その男は台座の向こうからひょっこりと顔を出して割り込んできた。
「なんだ、誰かついてきたのか」
 汚くて臭そうな中年おやじだった。頭の天辺は円く禿げてただでさえ寒そうであるのに、黄ばんだ薄い浴衣を着て、裸足で地べたに座り込んでいた。それでいて本人は全く寒がっておらず、まるで自分の家でくつろいでいるかのような姿は見るからに常人ではない。そこは土の上だというのに。
「あなたは、ここで何してるんですか?」
 そう聞くとおやじは拝殿の方を指さして言った。
「何って、ここに祀られてるんだよ。鬼だからさ」
 やはり常人ではなさそうである。

「あんたは?あんたは誰?」
 自称鬼おやじがあまりにも怪しいので名乗ってやるべきかと迷っていると、今度は「彼」が割って入ってきた。
「中村先生だよ。俺のクラスの先生」

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