小説

『勝ち山』外﨑郁美(『カチカチ山』)

 まさか、とは言いつつ、由奈は複雑な表情を浮かべる。そしてなぜか智まで複雑な気分になっていることに気づく。復讐って、もっと爽快なものじゃなかったのか。

「岩本さんが、山下からしつこくアプローチされて、ホテルにまで連れ込まれそうになったと会社に訴えて、この写真を証拠に出したら……」
「まあ、降格するだろうし、左遷もあるね」
「ふうん」
「あれ、智くん、全然うれしそうじゃない」
「うれしくはないですよ」
「復讐したいんじゃなかったの?」
「そうなんですけど……」

 しばらく沈黙したのち、由奈は口を開いた。

「実はうちのお父さん、昔浮気したことがあって。それでお母さん病んじゃって……。今はもうなかったことみたいになってるけど、あのときすごく辛くて」

 智は返す言葉が見つからない。

「山下も同じような辛さを味わえばいいと思って」

 由奈が続けた。

「男の人なんて、簡単に若い女に引っかかるものだって思いたかったのかもしれない。
 お父さんを心の底から許すためにも」

 いつもまっすぐに見つめる由奈の目が、ぼんやりと遠くを見ている。

「でも山下、全然引っかからなかった」

 由奈は笑いながら泣いていた。

「私、バカみたい」

 消え入るような声で由奈がそう言うのを聞いて、智のなかで何かが吹っ切れた。そして、正直ホッとしている自分にも気づいた。自分は何を目指していたんだっけ。智は現像した写真のすべてを由奈から取り上げ、ビリビリと音を立てながら破いた。そしてカメラのなかのデータもすべて証拠した。

「全部消さなくて良かったのに」

 由奈が不満げに訴えた。

「私が女優みたいに写ってる写真もあったのに」

 涙でマスカラをにじませた顔でそんなことを言う由奈と目が合って、智は思わず吹いてしまった。復讐なんてどうでもいい。智は声を出して笑った。ひさしぶりに心から笑った気がした。

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