小説

『勝ち山』外﨑郁美(『カチカチ山』)

 由奈は、智から信子が部長になってからの部の様子について事細かに聞かれ、思いあたる節がありすぎて、記憶をなぞるたびに胸が痛くなった。山下が信子を見る目。顧客の前での信子への態度。それとなく信子を下に見て排除するような空気感。あらゆる角度から信子を追いつめた大きなきっかけが山下であることに間違いない。智に経緯を説明すればするほど、胸の奥にしまいこんでいた由奈の感情が噴火した。

「成敗すべきだと思う」

 由奈は智の目を見て言った。まずは会社に報告することも考えたが、明確ないじめや嫌がらせの物的証拠がないぶん、山下に大きな制裁を加えることは難しい。そう考えた由奈は、もっとわかりやすく成敗すべきだと言った。信子は今の生活を壊され、復帰したとしても二度と営業職に戻れないかもしれない。部長という立場に戻れる保証もない。これまで堅実に歩んできた一人の女性の道を断ち、その勲章まで奪った罪は大きい。それが由奈の主張だった。

「目には目を。歯には歯を。傷口に塩を」
「ずいぶんだな」
「で、考えてみたんだけど」

 由奈のアイデアは残酷だった。由奈の色仕掛けで山下を誘いこみ、山下をセクハラ兼パワハラで訴えて降格させようというものだった。信子だって部長の座を奪われたのだ。山下が部長としてのさばり続けるのは耐えられない、と由奈は言った。由奈は人一倍、正義感が強く、真面目な女だった。智は由奈のまっすぐな目を見て頼もしいという思う反面、怖さも感じた。由奈だったら中途半端に終わらせない、最後までやり抜く。そう思ったからだ。

「カシャッ、カシャッ」

 ラブホ街でさめざめと泣く由奈を抱きしめる山下。どう見ても不倫カップルに見えるこの構図を、智はいろんな角度から撮影した。山下の顔がちゃんと写るようにカメラの明度を調整しながら、深夜にこんなことをしている自分を滑稽にも思った。山下の目線がこちらに向きそうになって、智は慌てて電信柱の影に隠れる。俺は探偵か。自分で自分にツッコミを入れながら智は機敏に動き、夢中でシャッターを切った。

 夜のカフェで撮影した写真をひっそりと見せ合う由奈と智。

「いい感じだね。私、女優になれるんじゃない?」
「何言ってるんですか」

 そうおどけてみせる由奈だったが、由奈の迫真の演技はとても素人には見えなかった。

「岩本さんって、不倫したことあるんですか」
「何それ、超失礼」
「いや、とてもじゃないけど演技には見えないですよ」

由奈は笑いながらも複雑な表情を見せた。

「まさか、本当に山下のことを好きになってたりしないですよね」
「まさか」

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