小説

『M』浴衣なべ(『桃太郎』)

 急に周りの温度が上昇していくのを感じた。特に私の下部が暑い、今まで感じたことないほどの高温だ。おそらくこれは、地球に落下してる最中なのだろう。大気との摩擦で体の一部の熱が上がっているが私の外皮は高温にも耐えられるはずだ。
 やがて、高温が収まると私の上部でなにかが弾けるような感覚があった。もふもふした髪の名残である、巨大な綿毛が飛び出したのだ。タンポポの種子のように風に乗り、地表との衝突に備えた。やがて私は下部に強い衝撃を感じた。どうやら、私の体は地球に到着したようだ。
 地球! あれほど恋い焦がれていた地球! 何度宇宙船の窓から眺めても見飽きなかった地球!
 自分の足で立つこと夢は叶わなかったけど、その大地に触れられたことに私は感動した。
 それからとてもとても長い時間が経過した。ときに風に転がされたり、巨大な生物に咥えられたり、水の流れに乗ったりしながら、私は『M』のために存在し続けた。やがて培養液の効果が薄まったのか、『M』は細胞分裂を始めた。一つだった細胞が二つになり、二つから四つになり、それは通常のものと比べ非常にゆっくりしたものだったが、『M』はちゃんと成長を始めてくれたようだ。私はシュウのこと思い出した。長いときのせいで私の精神は磨り減り滅多にものを考えないようになっていたけど、『M』が細胞分裂を始めたとき、久しぶりにシュウのことを思い出した。
 さらにときが流れると、私の体にお尻のような凹みができた。機が熟したのだ。私がいなくても、『M』は一人で生きていけるくらいに成長した。だから、私も役目を終える準備を始めたのだ。今までとても堅かった私の外皮だが、凹みの部分だけ強度が下がった。なにか強い衝撃を受けたとき、『M』が外に出られるための仕組みだ。
 ある日、私は凹みに尖った鋭いものを打ち付けられる感覚を覚えた。すると、私の体は真っ二つに割れて、『M』は外の世界に出て行った。『M』のゆりかごとしての役目を終えた私の意識は、そこで完全に途絶えた。

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