小説

『M』浴衣なべ(『桃太郎』)

 そう言うとシュウは私の体を離した。さっきまで濃く感じていたシュウの香りが薄まると、少しだけ寂しい感じがした。
「とりあえず移動するぞ。ここにいたらなにもできない」
 シュウが私を連れていったのは、『M』のいる研究室だった。私とシュウは急いでコンピュータの電源を入れる。残された時間は決して多くなかった。
「この宇宙船はもうダメだ」
 研究室へ向かう途中、シュウが簡単に状況を説明してくれた。衝突のダメージで深刻な損害を受けた宇宙船の動力部は、すでに活動をやめていた。現在、私たちが呼吸したり寒さを感じずにいられるのは、全て非常電源が働いているからだという。
「それも二、三日しかもたないだろうな」
 つまり、三日後私たちは窒息死、もしくは凍死が約束されているということだ。
「じゃあここで一つ質問だ。僕たちが優先させなければいけないもの、一体それはなんだと思う? エミリー」
「『M』」
 私は即答した。いくら窮地に陥ったとしてもこの判断を誤るような私ではない。『M』を生かすことが、私たちの人生に与えられた使命だ。
「正解」
 期待していた言葉に満足したのか、シュウは柔らかく微笑んだ。
「でも、このままだと『M』も僕たちと一緒に死んでしまう。だから僕は考えた」
 シュウはそこで一旦言葉を区切ると、助走をつけたあとのように早口で一息に言い切った。
「『M』のために、エミリーの体を捧げてもらいたいんだ」
「うん、分かったよ」
 たとえなにを言われようとも、私はシュウのお願いを受け入れるつもりだった。
研究室にある過去のデータには危険な人体実験に関するデータがいくつかあるが、その中には人間の体を動物や植物のように改造するものもあった。
「簡単に概要を説明するとエミリーには今『M』が入っているカプセルの代わりになってもらう」
 動力部が止まってしまった今、『M』を延命させている機械はいつ止まってもおかしくない。機械が止まってしまえば当然『M』は死んでしまう。そうなる前に、私の体を改造して『M』を培養液ごと移す。そして、培養カプセルと化した私と『M』を地球に降ろすというのがシュウの考えだった。
「そんなことできるの? 宇宙船もなしに地球に降りられるとは思えない。それに、無事降りれたとしても、地球はまだ人間の生きられる環境じゃないよ」
「分かっている。でも、やるしかないだろ。」
 それから、私たち二人は大急ぎで過去のデータを漁った。シュウが改造に対してどのようなイメージを抱いているのか分からないので、私は『M』を生かすのに必要だと思ったデータを手当たり次第にコピーした。人間の皮膚の硬質化、無酸素状況での活動方法、などなど。それらのデータを一つのフォルダにまとめ、シュウに報告する。
「よし、なんとかなりそうだ」
 いくつかのデータに目を通したあと、シュウは満足そうにうなずいた。既に事故発生してから数時間が経過しており、『M』のことを考えると時間がなかった。

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