小説

『M』浴衣なべ(『桃太郎』)

「わっ」
「きゃ」
突然、宇宙船の床が激しく揺れた。テーブルの上に置いてあった夕食が床の上に落ちて食器が音を立てて割れた。甲高い破壊音は日常生活と無縁のもので、私の体を委縮させるには十分だった。強張った私の体は振動に対応することができず呆気なく転んだ。床に手をついて立ち上がろうとするが上手く立てない。
「エミリー!」
 シュウが私の体を支えて起こしてくれた。おかげでようやく私は体を起こすことができた。
なにが起こったのかはすぐに分かった。トラブルが起こったとき自動で再生される緊急放送が流れたのだ。その放送によると、宇宙空間に浮遊している岩石が船体に衝突し、動力部に深刻な損傷を与えてしまったようだ。
「僕は動力部に行ってくる。エミリーはここで待っているんだ」
 そう言うとシュウは私を置いて駆けていった。残された私はなにをすればいいのか分からず、小さな動物のように震えていた。
 大丈夫、大丈夫。大変なことが起こったみたいだけど、シュウがなんとかしてくれるはず。
 私は待っている間何度も自分にそう言い聞かせた。昔の人はこういうとき神さまに祈っていたみたいだけど、神さまを上手にイメージできなかった私は神様の代わりにシュウに祈りを捧げた。お願いシュウ、早くなんとかして。
 それにしても、どうして宇宙船が岩石と衝突してしまったのだろう。私たちが生まれる前からこんな出来事は一度も起こらなかったはずだ。考えられる原因は、私にあった。私が、宇宙船の航路を変えたからだ。でも、なぜ? 私の計算は間違っていないはずなのに。ちゃんとレーダーで衝突しそうな物質の位置を調べて、それらを避けるよう安全な航路を導き出したはずだ。
「エミリー!」
 シュウが戻ってきた。肩を大きく上下させて額には大きな汗の粒が光っている。
「シュウ! 宇宙船がぶつかったのは私のせい? 私が計算を間違えたから?」
 戻ってきたシュウに私は疑問をぶつけた。もし、私のせいだったらどうしようという恐怖があったが、質問せずにはいられなかった。
「わたし、ちゃんと浮遊物の位置レーダーで調べたよ。それに移動する距離も腕時計の日付見て確認してから計算したし」
「エミリー」
 肩を掴まれたかと思うと、私の体は引き寄せられシュウの腕の内側に包み込まれた。
「大丈夫、エミリーの計算は間違っていなかったよ。むしろ逆さ、合っていたからこそ事故になったんだ」
「でも、でも、もしかしたら日付を見間違えてたのかも」
「エミリー。今大事なのは事故の原因を解明することじゃない。大事なのは、これからなにをしなくちゃいけないかだ。そうだろ?」
 シュウは私のもふもふしている髪をゆっくりと撫でた。すると私は自分でも驚くほど気持ちを落ち着かせることができた。くるくるしている私のくせっ毛をシュウが撫でてくれるのは、今まで経験したことのない未知の気持ちよさがあった。ゆっくり息を吸ってから吐くと、いつもの私に戻っていた。
「もう大丈夫」
「いい子だ」

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