研究の初期段階では、別の動植物の細胞を体に移植する危険な人体実験も行われていたようだ。
その何百年もの蓄積が、このコンピュータの中には詰まっている。これからも『M』のために私たちは研究を続けていくだろう。
一日の研究が終わったあと、私たちは食事をとることにした。テーブルの上には色とりどりのおかずが並んでいる。目玉焼き、ウインナーの炒め物は私が作ったもので、お味噌汁、大根と三つ葉のサラダはシュウが作ったものだ。物を焼いたり揚げたりするのは私の方が得意だけど、切ったり煮たりするのはシュウの方が得意だった。だから、私たちはいつも食事を一緒に作って、一緒に食べている。
「おいエミリー」
シュウが箸でなにか白いものを摘み上げた。
「いつも言っているだろ。食べ物以外のものは入れるなって」
どうやら、シュウの目玉焼きに卵の殻が混じっていたらしい。呆れたという表情でシュウはこちらを見ている。
「良かったね、カルシュウムがとれて」
私は具材が綺麗に切り揃えられたお味噌汁を啜った。
「明日がなんの日か知ってる?」
食事を終え二人で食器を洗っているとき、シュウにたずねてみた。
「さあ」
次に読む本のことを考えているのか、はたまた先ほどの目玉焼きのことを気にしているのか、シュウの態度は素っ気なかった。本の虫であるシュウのことだ、きっと本のことでも考えているのだろう。
「明日は皆既日食の日だよ」
皆既日食とは、太陽、月、地球が一直線に重なり太陽光が月によって遮られることにより地球から見た太陽がまるで消えてしまうような現象のことだ。
「それについてお願いがあるの」
「一応聞くけれど、なに?」
すでに嫌な予感がしているのか、シュウの顔は明らかに引きつっていた。
「宇宙船の位置、変えてもいい?」
皆既日食を楽しみしていた私は、宇宙船や地球の位置を計算して、もっとも観測しやすい宇宙船の航路を割り出していた。それは本来予定されていた航路ではないが、どうしても私はその場所から皆既日食を見てみたかった。
「ダメ」
食器についた泡を洗い落としながらシュウは返事した。
「皆既日食は、地球上から太陽を見たときに太陽が消えるみたいだから面白んだろ。宇宙から見ると、ただ大きな影が地球の上を移動するだけじゃないか。そんな理由で宇宙船のエネルギーを無駄遣いするのは絶対にダメだ」