そこへナミコさんが戻ってきた。
「いやいや、赤ん坊から母親を取ってはいけませんな。長いこと上がり込んで申し訳ない」
「いえ、お気になさらないで下さい」
ナミコさんは項垂れたままのナギオを一瞥する。その姿が微睡むように映ったのだろう。
「明るくなるまでまだ間がありますので、少し横になられたら良いかと。掛けるものを持って参ります」
そういうことで、もう暫く留まることになった。
最初の家鶏が鳴く声で目が覚めた。間を置かずけたたましく鳴き始めれば夜明けが近い。一方でナギオは深く眠っている。
気配を耳聡く聞きつけたのか、ナミコさんが部屋から出てきた。私が起きているのを確認すると、
「光吉様、少し宜しいでしょうか」
と私を誘い出し、二人で土間へ降りた。
空が白み始めた雰囲気に、私たちは慌てて出ることになった。ナミコさんは赤子を抱いて出立の様子を見守っている。
「ではナミコさん、また。今回は二人も厄介になってしまって、ご迷惑かけましたな」
そう言いながらナギオが赤子の頬に触れると、赤子はむずかり始めた。
あー……、あー、あーん。おやま、泣いてしまった、怖くないよー。まあどうしたの、大丈夫よ。
あっと言う間に大声で泣き出すので二人があやす。私は持っていたでんでん太鼓を取り出した。
「悪かったなぁ、これで遊んでもらいぃなあ」
軽く振って、てん、とひとつ鳴らせてみせた。赤子は初めて出くわしただろうそれにはた、と気づくと機嫌を取り戻したらしい。目をくりくりさせて玩具を見た。朱い太鼓は紐先の玉が片方引き千切れていたが、かろうじて鳴った。
「ぼろですまんなぁ」
赤子に声をかける。目元が母親似だ。
いいんですか、と遠慮するナミコさんに、泊めて頂いたお礼になりますかな、と差し出した。ナミコさんは、
「色々と本当にありがとうございました」
と、晴れやかに笑って見送ってくれた。
ナミコさんの話とは、ナギオを今後ここに来させないで欲しいと言うものだった。
曰く、ナミコさんの家族は厳しい借金の取り立てから身を隠し離散して住んでいる。ここも危なくなったため、じきに迎えが来て隠れる場所を変えるらしい。
ナギオには昔のよしみで助けて貰い大変感謝しているが、あまりこちらへ近づくと悪い影響が及び兼ねないので、早く離れなければいけないと考えていたそうだ。