「……ああ、狸か」
独り言ち、腹に手を遣り落ち着かせる。ただ、狸は幼児の手の形などしていないのだが。
少し間を置き、穴に呼びかけた。
「心配せんでいい、取り上げたりせんよ」
ずっと此処にいたのだろうか。
「大事にしてくれてたんやなあ。でも大きくなっとったら、あれで遊ぶのは退屈かなあ」
また来ることがあれば孫の玩具でも置いてやろうか。
山を下った辺りで車を停め、少量の塩と水を自身に振りかけた。
来た道を振り返ると、何の変哲もない、どこにでもある風景が広がっている。
「境界か」
案外、越えるのは簡単なのだ。