小説

『水鏡』藤田竹彦(『死神の名付け親』)

「今までいろいろ気になっていたことを是非確かめさせていただければと」
「例えば?」
 背筋を伸ばす八郎、しばらく目をつむっていたが、目を見開くと死神に向かって言った。
「水、飲みますか?死神の旦那」
 口をあんぐり開ける死神だったが、少しの間をおいてからこう応えた。
「お前さん、何も考えていなかったね」
 × × ×
 風のない夜もすっかり更けて、窓から月明かりが覗いている。
「それなら証明してあげるから洗面器に水を張って、ここに持ってきてごらんよ」と死神が八郎に言い、半信半疑の顔の八郎が洗面器を持って来た。
「その洗面器でローソクを見てごらん、それがお前さんの寿命を表してるから」
「このローソクの長さがおいらの寿命?本当ですかぁ」
「いいから覗いてみなさいってばよ」
 テーブルのローソクを手に洗面器を覗く八郎、最初に彼の顔が映り、次に小皿の裏が映る。死神を見る八郎。
「小皿の裏しか見えねぇけど、どうなってるんでしょう?」
「馬鹿だねぇお前は、洗面器を傾けてローソクを見るんだよ、水がこぼれないようにね、いいかい、水でも何でもローソクが消えたらその時点でお前さんの寿命も尽きるからね」
 死神に言われた通りにしながら恐る恐る洗面器を見る八郎、洗面器に映るローソクは恐ろしいほど短くなっていた。
「うわ、めっちゃ短けえ!」
 洗面器から顔を外し手元のローソクを見る八郎、ローソクは長いままだった。八郎の驚く顔にほくそ笑み死神。八郎は洗面器と手元のローソクを見比べ、
「すっげぇ、これが霊力ってやつですか?」と洗面器から目を切らずに尋ねた。
「今日お前の汲んできたのは御神水、神様の水。それからこのローソクは室町時代に造ら
れたウルシ蝋の逸品なんだよ」
「へえー、そんなお宝がうちにあったなんてしらなかったぁ」
「そりゃそうさ、そいつはさっきあたしがこっそり仕込んどいたんだから」
「なーんだそういうことですかい、死神の旦那も人が悪いなぁ」
「人のいい死神なんていやしないから」笑顔で応える死神。
「そりゃそうだ、あはははは」声を出して笑う八郎。
「まぁ、それやこれやにあたしの霊力を合わせたのがこの『水鏡』さね」
「へえー『水鏡』って言うんですか、これ」
 感心しながら洗面器とローソクを見比べる八郎、ローソクを見ながらふとつぶやく。
「しかしマジ死んじまうんだ、おいら」
 思案する八郎、彼は何やら思いついたように正座して姿勢を正すと死神を向かい、
「死神の旦那、やっぱりおいらまだ死にたくねぇよ」と言った。
「そうは言っても寿命だからねぇ」

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