小説

『水鏡』藤田竹彦(『死神の名付け親』)

 ギョッとする八郎。
「明日の夕方6時、18時が寿命?」
「そう、ご愁傷さまです」そう言って八郎に手を合わせる死神。
「冗談でしょ、この通りピンピンしてますけど!何か事故にでも遭うんですかね!」
 半分キレ気味の八郎に(あー)と返事ともつかない声を出して考え込む様な仕草を見せる死神。
「どんなのがいい?」と死神が言った。
「へ?」キョトンとした顔の八郎。
「だからぁ、どんな死に方がいい?」
「あのぅ、まだ決まってないの?それとも忘れちゃったとか」
 八郎の言葉に気分を害したのか強い口調で死神が応える。
「お前さんが死ぬのは決まってるの!ただどういう死に方がいいかお前さんに決めさせてやろうと思ったあたしのありがたーい慈悲の心がわからないのかい!」
 死神の剣幕に押される八郎。しかし、時間の経過が非日常的だった彼の目前の光景を日常に変えていた。
「いや、わかっちゃいるんですがつい」
「なーにがついだ」あきれたように死神が言った。
「出来れば痛いのは勘弁してもらいてえなぁ」と死神の顔色を伺いながら八郎。
「わかった、じゃそうしよう」
 軽く応える死神に安堵したのか、八郎がたたみかける。
「もひとついいかな?」
「何?」
「女房子供のトラウマになるような最後は勘弁してもらえねぇかな、と」
「あー、苦しむ姿やぐちゃぐちゃになった姿は誰も見たくないもんなぁ」
「そうなんだよ」
「わかった、その件も了解した」
「ありがとうございます」
 正座し、両手をついて死神に頭を下げる八郎。
「まぁまぁ頭を上げなさいよ」と笑顔で応える死神。
 頭を上げる八郎、腹をくくったのか、痛みの無い最後に安心したのか、それとも死亡保険金で女房子供に顔が立つと思ったのか、彼の表情は穏やかだった。
「おや、寿命を迎えるには惜しい表情だねぇお前さん」
「えへへ、なんか今までの苦しみから解放されるのかと思うと、何だかねぇ」
「そうかいそうかい、でお前さん明日の夕方まで何して過ごすんだい」
「そうですねぇ…死神の旦那はその時まで一緒にいてくれるんですか?」
「まぁ、いてくれといわれればいるけど…いてほしい?」
「はい、できれば」笑顔の八郎。
「マジで?」と死神。
「マジで!」と八郎。
「一緒に居て何をするんだい?あたしと」

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