招かれてみれば、屋敷の中は静かだった。みがきぬかれた廊下を抜け、一番奥の部屋まで。おそらく家主の私室なのだろう、凝ったつくりの間である。その中央に、ご遺体は眠っていた。そばには上品な面立ちをした初老の男性が、ひとり付き添っている。彼が電話をくれた川中氏で、亡くなられたのは父親であるという。
挨拶をすませた後に、一通り書類の内容確認。それから故人、あるいは家人の、葬儀における要望の確認。
「葬儀は、この家で、家のものに手伝わせて行いたいと思っております。棺の手配などは、頼めましょうか」
「はい、承っております。お父様のご身長は、いかほどでしょうか――はい、かしこまりました」
最後に、ご遺体の確認。
「それでは、お父様のお顔のほう、拝見してもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「ありがとうございます。失礼いたします」
ここが最も礼をつくすタイミング。ご遺族のためにも、故人の尊厳を守らねばならない。注意して、お顔伏せを持ち上げる。
ところが。
「……!」
思わず声をあげそうになった。現れたのが、干からびたミイラのような顔だったからだ。飴色に変色した皮膚は薄く、骨格だけが浮き上がっていた。頬は痩け、歯はむき出しになっている。それなのに、なぜか眼球だけが水気をおびていて、見開かれた目蓋から、ぎろり、とこちらを凝視していた。
つい、状況を忘れて不審を抱いた。この異常な遺体の事情も聞かず、葬儀を行ってしまっていいのか? なにかの罪に問われたり、厄介ごとに巻き込まれたりしないだろうか?
しかしその時、落ち着け、という声が聞こえた。父さんの声だ。
死因は明快だし、医師には確認をとればいい。その不審にかまけるのは葬儀屋の仕事ではない。第一お前は川中氏に、確かな悲しみを感じないのか、と。
それで、我にかえった。言われてみればその通りである。静かにお顔伏せをもどし、深く頭をさげる。
「――ありがとうございます。それでは葬儀のご予定のほう、進めさせていただきます」
葬儀屋とは、遺族の悲しみを正しく受け止める立場であること。何度も聞かされた我が家の家訓に、あやうく傷をつけるところだった。
まっすぐに見返すと、ふと、川中氏の頬がゆるんだ。
「お若いのに、立派なことだ。貴方に頼んで、本当によかった。では、あちらで詳細をお聞かせ願おうか」
その言葉に、胸には温かなものが滲む。ありがとう父さん。心のうちで、そんなことを念じた。
川中邸における葬儀は、近年では稀なほど大規模なものとなった。故人は縁者が多く、顔も広く、朝から晩まで客足は絶えなかった。そのうえ高名な政治家や、あるいはその秘書を名乗る人物が「非公式なものなので匿名で」と、桜や菊の紋が入った香典を残していったりした。