小説

『裏島物語』高崎登(『浦島太郎』)

 おかめはこの男についてよく知らない。何でも罪を負って都から流れてきた流人ということだった。それ以上の素性は知らないし、知ろうとも思わなかった。
「今日は弾んだべ」
「ありがたい」
「気持ちはいらんから銭をくれ」
 流人が身にまとう絹地に目をやりながら、おかめは言った。
「たいそうな生地、いくつも持ってんだな」
「もらいものだ」
「洗わなきゃ着れないべ? おらが洗う、これでどうだ」
 そう言って流人の顔の前で手のひらをかかげた。これはアワビ5個分の銅銭という意味だ。
 流人は笑った。
「やめておけ。塩水で洗われたらかなわん」
「山の水だ、きれいだぞ」
 流人は聞こえないとばかりにアワビの物色をはじめた。
「何か、銭になる用事があれば」
「どうして漁にこだわる」
「え」
「ここを離れて、もっと入りのよいクチを探せばどうだ」
「それはできないんだ」
「なぜだ」
「なぜって、まだ……死んだと決まってねえ」
「……しけにやられたんじゃないのか」
「最後はどうなってるか分かんないべ。しけで船が転がったとか言っても、太郎の身体はどこかの島に流れてるかもしれねえし」
 流人を見るおかめの目は射るような鋭さを帯びていた。
 流人はたまらず苦笑いして言った。
「縫い物はできるか」
「ああ」
「では、ほころびの繕いを頼む」
 流人はおもむろに上着を脱ぎだした。なかから血色のよい引き締まった肌身があらわになった。
「助かる」
 おかめの返事の色は、急に現金なものになった。
「きれいに直せよ」
「うん」
 おかめは流人の肉体を横目でそっと見た。若い。そして、たくましい。三平の朽ちかけた上半身を見慣れているおかめにとって、若くはじけた姿態はまぶしかった。筋骨の太さや肉付きは太郎にかなわないが、都育ちらしく白くて美しい、しなやかそうな麗体だった。
 おかめはさとく目を逸らして背中を向けた。
「できたら、持ってくる」
「うむ」

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