小説

『裏島物語』高崎登(『浦島太郎』)

 流人と共人をのせた船は、朝凪の海をなでるようにゆっくりと、日の昇る方角へ進んでいく。カモメが悠然と空を飛ぶ。波の音と山並みと、カモメの鳴き声。海とともに生きる村人たちの素朴な生活。歌でもひとつ詠もうかと思ったそのとき、近くで一艘の船がとまっているのを流人は見た。
 女ふたり。そのうちひとりは見覚えがある。おかめだった。
 おかめはこちらに気づくことなく、服を脱ぎ始めた。焼けた肌にくっきりと白く張り出した乳房があらわになり、流人は息をのんだ。潮気を含む陽光に淡く照らされた美体は、すばやく海に飛び込み幻のように消えた。
 流人は思わず身を投げ出しそうになった。が、共人にとがめられ、船べりにかけた足を静かに下ろした。ここで歌を詠むのはよそう。流人は心に引っかかるものを打ち払うように、屋形のほうへ姿を隠した。

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