小説

『かぐや中年2.0』なにえ(『かぐや姫』)

俺が店を出ると、いりたえみは、あまり似合っていないスーツ姿で俺を待っていた。それで、なんだか、褒められるいわれもない褒め言葉を言われたものだから、これには心底うんざりしたものだ。いりたえみはいりたえみであって、俺の母親(仮)ではないだろうっていう話。いくら最高級に麗しくても、見下した態度はごめんこうむりたいもんだ。

いりたえみの絆創膏の理由は、「カレシのディーブイ」というなんだかよくわからない、いや、でもわかりきっているものだ。俺と数ヶ月後にデートを控えているこの乙女には、同棲中のバンドマン(ティピカル)の彼氏がいるっていうわけだから、そのことをわざわざ俺に伝えてくる理由はひとつしかない、と踏んだわけだ。

もちろん、男として男たるもの、男らしさの塊、筋肉の塊としてすべきことがあろう。そう、決闘である。ここはひとつ、筋肉を史上最高レベルにたくましくしてから挑みたいものであるが、実のところ、そうは問屋が卸さない。なぜって、翌週、いりたえみは眼帯をしていたのだから。「本当は別れたい」。そうこなくっちゃ。

というわけで、俺はいりたえみとクソ彼氏の部屋に殴り込みをかけた。月の王子様だった俺が、どうやらこの地べたを這いずり回るような荒れ果てた国でも王子様的ポジションを担うことになるようだ、と思ったのだが、なぜだかいりたえみは、やつの、バンドマンの腐りきってくしゃくしゃの漬物みたいになったやつの前に立ちふさがって、やめて、と「俺に」言った。そして、奴に抱きついた。その瞬間俺は、いりたえみの髪に枝毛が多いってことにやっと気がついたわけだ。

そして、俺は、今日もキャラ弁を作っている。どれだけかわいいんだよ、と見とれて食べてしまうのがもったいないくらい。これを製品化できたらすごいことになる。TIMEの表紙になり、MTVで特集される俺の姿が目に浮かぶところまできていたわけだ。イメトレは十二分にできている。成功はすぐそこにある、と思ったおり、空が猛烈に輝きだした。

雲が割れて、またこれもティピカルな、「月からの使者」が現れたってわけ。そしてやつは、名前を「月子」と名乗った。ほんと、バカにしてるじゃないか。そんな1秒も頭を使っていない名前のやつが、このタイミングでなんで現れたのかって話。

「タケヲや。お前が地球に下されたのは、地球という汚れた星に憧れた罰。地球で暮らすことを苦痛に思わなければ、罰の意味はない。お前は今、この星にいることを」やつは小声になり、「楽しんでいるな」と、そんなバカなことはあるか。運命の彼女と引き離されることになり、何も楽しみもない、意味のないこんな人生。

「楽しんでるわけがなかろうもん」と俺は言ったのだが、月子は疑わしげな目で俺を見た。俺はなるべく詳しく、人生の悲劇について語ってみせた。俺は、これまで、女体にふれたことがないこと、これからもないであろうこと、年老いた両親(仮)には愛想をつかされつつあること、年金額が少ないため、これからもシケた弁当屋で死ぬまで奴隷労働しなければならないであろうこと、などを詳細に。そうしてから、月子のやつ、やっと月に帰ってくれたってわけ。やれやれ。ほんと、つまらない生き地獄を、今日も生きるしかない。

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