小説

『かぐや中年2.0』なにえ(『かぐや姫』)

もちろん俺は、「就職できないんじゃなくてしないんです」って感じだったわけだから、俺がひとたび働く意思を見せたとたん、国中のメーカーというメーカー、銀行という銀行、商社という商社が飛びついてきたわけよ。人気者の辛いところ、大変ありがたいお話ですが、体はひとつしかないんであって、一つを除いてあとは、「大変ありがたいお申し出ですが」ってなもんで、んで、結局、俺は、晴れて、正社員様になったわけ。

タケヲちゃん、就職おめでとう、なんてプレートがのった甘ったるいケーキが食卓を彩ったのだから、俺の心にも彩(いろどり)がやどったらよかったんだが、翌日のことを考えると、もちろん気持ちは、下降気味にならざるを得ない。もちろん、あの濡れた瞳のためとはいえ、半年間にもわたる、地上、地べたでの労働というものに、身を落としてしまうのはいかがなものか、という思いがまだ、心の奥底でくすぶっていたものだから、それはしかたがなかろう。

翌日、朝、起きれただけで、俺の口座(そんなものは実はまだないのだが)に、一千万振り込んで欲しいと、願ったものだ。やればできるのだ俺は。であるからして、このところずっと2時ごろ起きていたわけだが、本日は5時に起きることができた。何しろ、弁当屋っていうのは、朝がからきし早いんだ。もうこれは、修行の域に入ってるんじゃないか、ご苦労様よ、地上の人々よ。寺にこもるより、よっぽど、出家だし修行じゃないか、俗世っていうところは。

そうそして、修行の第一弾がこれなわけだ。目が潰れそうになるくらい真っ黄色なエプロンに、でかでかと赤文字で「いつもニコニコ、ニコニコ弁当」という、ニコニコしていた輩もニコニコを引っ込めざるを得ないセンスのないキャッチコピーがかかれている、これを体に巻き付けないといけないってわけ。多分月給は、この我慢料だろうから、我慢、と黒い瞳を思い出し、耐える。

自分ができる限りのニコニコを絞りだして、揚げ物やら、卵焼きやらを、ニコニコニコニコ弁当に詰めるわけ。そうすると後ろから、「タケヲ、オマエ、ミセ、ツブシたいか?」というカタコトの日本語が聞こえてきた。声の主は、ブロンドの美女、だったらいいのだが、当たっているのはブロンドだけ、白くぶくぶく太った、失礼、ふくよかなロシア人女性・アナスタシア・クロニコワ。

アナスタシアは、俺の気のいい同僚っていうわけなんだけど、どういうわけか、俺の一挙一動にケチをつけてきやがる。そういう人間っているんだよね。なんでもかんでも、自分の思い通りにならないと、気に入らない連中っていうのがさ。

さっきから何度も「ミセ、ツブス」疑惑をかけられている俺なのだが、もちろんそんな気はさらさらない。こんなクソしょうもないミセ、潰してなんになるというのだろうか。俺がしたのは、せいぜい白身魚のフライを入れるべきところに漬物を配置した、とかそういうことなわけだが、いちいちいちいちこの白人女はうるせえのなんのって。

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