小説

『かぐや中年2.0』なにえ(『かぐや姫』)

「ここで働いたところで、いずれつき、いや、死ぬじゃないですか。絶対的に死ぬのに、何をしても無駄かなって」軽く内向きにカールされ、肩口でゆれる髪に手を伸ばしたい。「できるだけ楽に生きたいって思うわけです。せめて、地球(ココ)にいるうちには」。

そしたら次は、馬鹿げた質問がまたくることは、もちろん理解していたが、ここまでとは。「でも、働かないと生きていけないじゃないですか?」いりたえみの目がつやっと光っている。馬鹿な子ほどかわいいのだ。「年金があります」俺は、きっぱりと言ってやった。

目の白と黒の分量の、一番美しい配合というものは、いったいいかなるものだろうか。なんだかいりたえみの目は、くるくる動いていて、その配合が刻々と変わっているようにさえ見えて、どの角度からも美しく、俺はそんなことを考えていたのだが、彼女は、コートを手にとって、どうやら、この場を去ろうとしていて。

「本人に働く意思がないんだったら、私の出る幕はありませんね」といやにきっぱりとした声で言うじゃないか。これは、これで、またいいもので、でも、ここで去られるわけには、いかないと、まあ、俺も男なので。「もう帰るんですか?」「はい。私の仕事はタケヲさんに仕事をご紹介することです。ですが、まったく必要とされていない、ということが分かりましたから」「あの。もうちょっといてください」と平身低頭。もう、こちとらプライドなんて明後日の方に投げ捨てているわけだから、ここで彼女の細い足首にしがみついても、もちろんいいんだろう。

「あの。あの。プレステとか興味ありませんか?」これなら自信が。「は?ありません」「あの、じゃあ、じゃあ、漫画とかは?俺、僕、その、漫画だけはマグロ漁港に投げ捨てられるほど持っているので。一緒に」。冷たい目に、もうあと4時間ほど、見つめられていたいと願っていたのに、このやろうは、さくりと言い放ちやがった。「もうお客さんじゃないからはっきり言わせていただきますけれど。私、無職の男性に興味ありませんから」だなんて、呆れたもんだ。

いったい、この国の、このホシの教育レベルは、いつのまにか、地に落ちてしまったようだ。教育、もしかしてそんなものはハナっからなかったんじゃないか、なんて思えるぐらいだよ。「無職の男性」を差別する? このご大層な、キャリア・カウンセラーさまが。カウンセリングっていうのは、もっと、寄り添って行うべきものじゃあございませんでしたでしょうか。それに、無職、いやこの不況の世の中に、さっきのひとことを動画にとって、つぶやいてアルファツイッタラーにファボってもらったらさあ、このいりたえみさんはもう、カウンセリングする側じゃなくて、される側になっちまうっていうようなもの。

つまり、俺が言いたいのは、そう、差別反対、無職にも優しい世の中、弱者に優しい世の中が理想じゃないのか、ということだ。俺、間違ったこと言ってますか? 

まあ、なんだかんだ言っても、その黒目には勝てなかったわけで、俺は最終的には、この、のーたりんに譲歩せざるを得なかったってわけ。美しさは暴力だと、君が教えてくれたから、つまらない、今日というこの日は暴力記念日。「働いていたら、いいんですか?」考えるまえに口が勝手に動いて、そんでなんだかんだもめた結果、いりたえみさまさまさま、は、「就職して仕事が半年続いたらデートしてやらんでもない」的な戯言を言って、さっさっと、風のように(陳腐な表現であることは百も承知)去っていったってわけだ。

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