小説

『アリとキリギリス』朝霞(『アリとキリギリス』)

「キリギリス」は腑に落ちない顔で、ふうん、と鼻を鳴らしました。「アリ」はそれを聞くと、早口でまくし立てました。
「女王様が仲間を生み出してくれなかったら、僕たちだけでは生まれることができない。生んでくれた相手に恩を返すのは当たり前だろ? だから、僕たちは女王様のご命令には決して逆らわずに働くのさ」
「女王様は君たちに命令をして、仲間を生んで、それ以外にどんな仕事をしているの?」
 何を言っているのでしょう。「アリ」は吹き出してしまいました。
「女王様は仕事なんてしないよ! 下っ端みたいに働くわけがないじゃないか、常識で考えて」
「じゃあ、女王様は病気なの?」
「そんなわけないだろう! 病気なんかと一緒にしないでくれよ」
「……まぁ、僕は親を知らないから、その辺の感覚はよくわからないんだけどね」
 肩を竦めて、「キリギリス」は続けました。
「僕はこの春に生まれてから、夏になって大きくなって、歌えるようになって此処に来るまで、人間に飼われていたんだ。僕を飼っていた人間はとても物知りで、僕に色々なことを教えてくれた。周りの人間からは『せんせい』って呼ばれていたな。いつも『いそがしい』が口癖で、仕事にばかり追われていて、そうだな、君と似ているよ」
 そう言って、「キリギリス」はくすくす笑いました。
「僕は『せんせい』が虫かごの外から話しかけてくれるのを聴くのが好きだった。まだまだ聴きたいことはあったけど、『せんせい』が僕を外に放してくれたんだ」
「キリギリス」がよく頓狂なことを言うのは人間に飼われていたからだったのか、と「アリ」は思いました。おまけに、「キリギリス」はまだ、生まれて外に出てから間もないのです。「アリ」は揚々と胸を張りました。
「僕は去年の春に生まれて、もう二年目なんだ。後輩の一年目の『アリ』たちの模範にならなきゃいけないから、簡単に仕事を休むわけにいかないのさ」
「二年目? 去年、一年がもう過ぎて、二年目?」
「うん。だから、一年目の何も知らない『アリ』より偉いんだよ、僕は」
「……でも、君は僕より色々なことがわかっているようには見えないけどな」
なんて失礼なことを言うのでしょう。「アリ」は頭に来て、
「働いたこともない君に何がわかるんだい」
「キリギリス」は目を逸らして俯きました。その横顔は悲しそうに歪んでいましたが、「アリ」は気づきませんでした。
「そうだね。僕には何もわからないよ」

 
 喧嘩してしまった「アリ」は気まずくて「キリギリス」に会いに行けない日々が続きました。すると、どうでしょう。すっかり仕事にも張り合いが出なくなってしまいました。休日の楽しみなんて、「キリギリス」に出会う前は、なくても平気だったのに。
 単純なミスを繰り返して上司に叱られた日の夜、「アリ」はとぼとぼと「キリギリス」に会いに行きました。とはいえ、なかなか声を掛けられません。花の陰に隠れて、歌声を聴くだけ……、
「何か用?」

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