小説

『拝啓赤ずきんさん』熊田健大朗(『赤ずきんちゃん』)

 赤い頭巾を被った赤ずきんちゃんとは近所の公園で出会いました。御使いの品を忘れた子供のように、人生という森を彷徨っている彼女をどうにも放って置く事ができませんでした。家に来た頃の孫と重なって見えたのでしょうか。
 それから彼女とはお手紙を交わす仲になりました。彼女から月に1度届く手紙には素敵な日常が綴られておりました。私はというと孫のことばかり、彼と過ごした時間を再確認するように筆を握っておりました。
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拝啓赤ずきんちゃん
 お返事有難う。素敵な日常を散歩しているのですね。私もいつか孫と貴方とお茶でもしたいものです。今日はそんな孫の事を綴ろうと思います。
 孫がまだ四つの時、娘と女婿が交通事故で亡くなりました。悲しみに溢れた私の元に孫がやってきたのはそれからすぐのことでした。涙は枯れきったのでしょう。これから始まる生活に孤独と不安を抱える孫は私になかなか心を許してはくれませんでした。孫が私に笑顔を見せたのは1年後のこと。夕飯のオムライスに私が残り少ないケチャップをかけた時、変な音が鳴ったのです。孫と顔を見合わせるとなんだか可笑しくなって2人とも笑っておりました。孫との会話が増えたのはおそらくこの頃だったと思います。たわいもない事が転機になるものなのですね。貴方にもそんな日常が訪れますように。
おばあちゃんより
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 また孫の事を書いてしまった。毎度毎度そう思いながら手紙を書いております。私にとって赤ずきんちゃんも孫のようなもので、そんな彼女の日常を眺めるとどうしても私が日常を知らない孫の事に気が向いてしまうからだと思います。赤ずきんちゃんから昨日届いた手紙には友達ができたと綴られておりました。自分の事のように喜びながらもやはり私は、孫には友達がいるのかしらと考えてしまいます。今から手紙を綴りますがきっと孫のことでいっぱいになるのでしょう。いう事をなかなか聞いてくれない手が邪魔しないと良いのですが。
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拝啓赤ずきんちゃん
 少し肌寒くなってきましたね。先日孫に「風邪ひかないように暖かくしなよ。」と言われました。照れ臭そうに言ったその言葉が私にとって一番暖かくて、ほっこりした1 日になりました。孫は昔から優しい子なのですが不器用なところがあります。幼い時、手の届かない所にあった文房具を私が声をかけるまでずっと手を伸ばして取ろうとしていた事がありました。高校も大学も私の負担にならないように勉強して学費の免除を受けたりと。人に頼るのが苦手なんだと思います。大学生になった今、群れから逸れたオオカミのような目をしていた孫は一匹オオカミの様に暮らしているんだと思います。きっとこの先の人生で、誰かに頼らなくてはいけない時、1人では登る事のできない壁が現れる時、色んな時が孫に訪れます。少し心配です。親馬鹿なのでしょうかね。赤ずきんちゃん、貴方もお友達を大切にして下さい。頼る事は恥ずかしいことではありません。その後の「ありがとう」だけは忘れずに。またお手紙待っています。
おばあちゃんより
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