小説

『拝啓赤ずきんさん』熊田健大朗(『赤ずきんちゃん』)

 それから私とおばあちゃんの文通が始まったの。私は月に1度、その月に挑戦してみた事とか、日常で起こった事とか、おばあちゃんの心の中で生きてる私に息を吹き込むように過ごして言葉を綴った。おばあちゃんからの手紙は嫉妬しちゃうくらいお孫さんについての事が多かった。大好きなんだね。いつかおばあちゃんに紹介してもらおうって思った。
 文通を始めて11ヶ月。11通目の手紙で私はおばあちゃんの体調が良くない事に気が付いた。手紙にそう書かれていたわけじゃない。ただ達筆なおばあちゃんの字が少し崩れていたから。凄く心配だったけどおばあちゃんが何も言ってこない事を私なりに勝手に解釈して私も普段通り手紙を書いた。そこからおばあちゃんの字はみるみる崩れていった。
 今朝ポストを見たらおばあちゃんから手紙が届いてた。封筒を開けて手紙を見たとき、おばあちゃんが亡くなった事にすぐ気が付いた。だって字が綺麗になってたから。もちろんそれだけなら体調が良くなった可能性もあるけど、もう一ついつもと違うところがあった。拝啓赤ずきんさんって書かれてたの。おばあちゃんはいつも拝啓赤ずきんちゃんって書いてたから。それとこの手紙を誰が書いたのかも予想がついた。おばあちゃんが手紙で孫の字は私とそっくりなのよって言ってたから。全部を理解した上で私は手紙を読むことにした。
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拝啓赤ずきんさん
 私は少し遠くに行くことになりました。お手紙はこれが最後になります。
急な事でごめんなさいね。あなたと手紙を交わした時間は私にとって掛け替えのないものとなりました。ありがとう。近頃思う事があります。生きるってどういう事なのでしょう。呼吸をする事でしょうか。お金を稼いで暮らす事でしょうか。私にはまだ答えが見えておりません。ただ、あなたの手紙を読みながっら思った事があります。ありふれた日常、たわいもない日常、その中で泣いたり、笑ったり、驚いたり、困ったり、それって生きているからできる事なんですよね。私はあなたが輝いてみえます。いつかまた会える日がきたら一緒にブラックコーヒーでも飲みましょう。その日を楽しみにしております。
おばあちゃんより
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 お孫さんの字は本当におばあちゃんとそっくりだった。おばあちゃんが元気な時に入れ替わっていたら気がつかなかったかも。
「私、輝いて見えるんだ。」
 ベランダから空を見た。思ったよりいい天気じゃなかった。おばあちゃん、私、輝いて見えるんだって。おばあちゃんのおかげだねきっと。こんな事言ったらあなた自身が輝いてたのよって言われちゃいそう。いつかお孫さんと、オ
オカミ君とブラックコーヒー飲めたらいいな。オオカミ君、どんな目で日常を見てるのかな。どんな耳で音を聞いてるのかな。どんな言葉を口にするのかな。
 おばあちゃん、私、また手紙を書こうと思います。それがいつになるか、どんな手紙かなんてわからないけど。今まで通り手紙に綴れるような日々を過ごせるように。
私は死ぬ
 特に大きな病気を起こさず生きてきた私だから気付くことのできる感覚なのでしょうか。私はもう永くないでしょう。人はいつか死ぬものですが、その足音にはどうにも慣れることができないようです。人生を1つの文章だとすると読点を打つ瞬間がいくつかありますが、もうすぐ句点が打たれる私の人生に最後の読点を打ったのは彼女でした。

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