小説

『拝啓赤ずきんさん』熊田健大朗(『赤ずきんちゃん』)

おばあちゃんが死んだ
と言っても本当のおばあちゃんじゃないの。おばあちゃんに会ったのは去年の今頃だったかな。ちょうど私が生きるのをやめようって思ってた頃。あ、勘違いしないでね、死のうとしてたわけじゃないから。この違いはアインシュタ
インだってわからない私の心の複雑な部分。
 私昔から何にも興味がなかった。教室でみんなが昨日やってたテレビ番組のこと話してても観てないし、流行りの服もどうだってよかった。友達はもちろんいなかった。かと言ってイジメられてたわけでもなくて、ただ空気みたいに過ごしてたの。頑張って生きてるふりをしてた。ある時ね、大学の近くの駐車場に住みついていた野良猫が道路に出た瞬間、車に轢かれて死んだの。私その猫が駐車場から出たのを見たことがなくてさ、はじめて駐車場から出たって思ったら轢かれたの。その時になんかぷつんって私の心の糸みたいなのが切れた。
 生きるのやーめたって。で、そこから私は今のうちに思い出の場所を巡ろうって思うわけ。数少ない、大したこともない私の思い出。死ぬ時はあっさり死にたいから走馬灯候補を今のうちに見て回ろうって。大学を辞めて毎日ふらふら歩き回ったりした。私の走馬灯候補第12 番、あまり顔も覚えてないおばあちゃんと逆上がりの練習をした公園に行ったときね、昔みたいに鉄棒を握って逆上がりしようとしたら全然できなくて。
「私、結局逆上がりできないんだ」。
 逆上がりができないのも、こうして言葉がポロって口から出ちゃったのも可笑しくて1人で笑ってた。そんな時におばあちゃんが声をかけてきたの。
「楽しそうね。」
 凄く驚いたのを覚えてる。声をかけられたことじゃなくて私はいま楽しそうだったんだってこと。そこからおばあちゃんとお話した。昔の私と今の私のこと。おばあちゃんは何も否定せずに聞いてくれた。そのうちおばあちゃんは私
のことを赤ずきんちゃんって呼び始めた。赤いパーカーを着てフードかぶってただけなんだけどね。ちゃんとおばあちゃんにこれはフードってこと伝えたんだけど横文字は苦手みたい。そろそろ帰ろうって思った時におばあちゃんが言ってくれたの。
「赤ずきんちゃん。あなたの心のことは私にはわからないわ。でもね、さっき笑ってたあなたも、今私とお話してるあなたも、私の心の中でしっかり生きてるの。だからね、難しいことなんて考えなくて良いわ。あなたらしく過ごしな
さい。」
 その時どんな気持ちだったのかよく覚えていない。急に涙が溢れてきておばあちゃんに抱きついたのだけ覚えてる。帰り際、おばあちゃんは手紙を書くからと言って私の住所を聞いてくれた。その3日後だったかな、おばあちゃんから手紙が届いたのは。
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拝啓赤ずきんちゃん
 お元気かしら?私はこうして手紙を書いてるくらいですから元気に過ごしております。あの日お話をした時間は私にとって大変充実した時間でした。実は私にはあなたと同じ年の孫がいます。早くに両親を亡くしてね、最初に家に来た時は群れから逸れたオオカミのような目をしていたんだけど今は凄く良い目をした男性になっております。隣町の大学に通い一人暮らしをしていますが、月に1度帰ってきてくれる優しい子です。最近はゆっくりお話ができていないから少し寂しいんだけど。だから貴方と孫を少し重ねてしまったのかもしれませ
ん。最後に、あの日も伝えたと思いますけど、赤ずきんちゃん、あなたらしく過ごしてね。
おばあちゃんより
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