幸恵は今まで肩に掛けていた白いショルダーバッグを床に投げ落とし、有無も言わせず、彼の衣服を剥ぎ取っていった。いくつかの小さなかさぶたが剥がれる度に、良平が呻き声を上げる。
ついには、ベッドの上でトランクス一枚だけになった彼を仁王立ちでしげしげと感慨深げに見下ろした彼女が、顎に手を当てながらこう言った。
「ほほお……。どれもいい感じではあるけど、右肘のダイヤ型の大きなかさぶたと右膝のスペード型した中くらいのかさぶた、そして左膝の小さいけれどハート型の可愛いかさぶた、この三つは特に興味あるわね……。色合いといい、形といい、できた場所といい――かなり面白いわ」
見れば、彼女は目をランランと輝かせている。
「色合い? 形? 一体、どういう意味だよ」
「アタシね、人のかさぶたが大好きなのよ、ほら」
これも、カミングアウトの一種なのだろうか。
幸恵は自分のインスタグラムらしきサイトをスマホ画面に呼び出し、たくさんの変な形や色をしたかさぶたのアップ写真を良平に見せびらかした。
かなりのマニアなのだろう――。
今にも舌なめずりが始まりそうな恍惚とした表情で、「これは学生時代の友達のお尻にできていた珍しい色のかさぶたなの」とか「これは公園で見かけたおじさんの鼻にできた変わった形のかさぶたよ」――などと熱の籠った解説が行われた。
(かさぶたマニアなんて初めて見たよ……。彼女はまさに、かさぶたの鬼だ!)
彼女のマニアックな説明など途中から上の空になってしまった良平は、狼のような牙――ではなく、尖った八重歯を覗かせながらパクパクと動く彼女の口元を茫然と見続けた。
そのうち、ひととおりの説明が終わったのだろう。満足そうに笑みを浮かべた幸恵が、
「うん、わかった。それなら今日は良ちゃんも疲れてるようだし、映画はやめようか」
と言い出したのである。
もちろん、そのこと自体に良平も不満はない。
だが、急に優しくなった彼女に妙な不信感を持った。
「俺さ、ちょっとシャワー浴びて来るわ」
「えっ、シャワー!? ちょっと待ってよ! それだと生々しい感じの血が流れちゃうじゃない。それなら、そのかさぶた三つ、シャワー前に写真撮らせてくれない?」
「え? まあ、いいけど……」
幸恵が満足するまで、約五分。
良平はパンイチ姿のまま、あっちの角度やらこっちの角度やら、連射モードも含め彼女にスマホでの写真撮影を思うがままにさせ、それが終わるまで辛抱強く待った。
(動かないかさぶたに連射モードなんて、必要あんのか?)