小説

『真行寺美鶴は恩返せない』柘榴木昴(『鶴の恩返し』)

「車イスで? どういうことですか」
「あいつ車イスチームなの。部活来ないと思ったら、車イスバスケやってやがんの」
 もしや。と悪い予感がよぎりました。望月君は足を悪くされてるのでしょうか。
 車イス生活になると見越して? 背中に冷たいものが走りました。 
「おおい、真行寺いるかあ」と先生に呼ばれてしまいました。このタイミングの悪さはもう、いつものことです。
「いたいた。すまないが生徒代表で来賓にこの花束を届けくれないか」
「生徒会がやるのではないんですか、そういうのは」
「みんな出払ってるんだよ。それに華道やってるし適任だろう」
 活けるわけでもないのに、と意見を言えるほど逞しくは在りません。それにササっと済ませて戻ってくれば、試合が見られるかもしれません。
「じゃあバスケのあとに挨拶があるから、生徒会に言って体育館の中に入れてもらえ」
 花束をわしづかみにして猛ダッシュしました。

 見慣れた体育館が生きもののように躍動していました。いつもよりまぶしく、今までになく激しく、何よりも力強く。車イス同士ではないので衝突こそないものの、スピンする車イスにわが校のバスケ部は翻弄されていました。低い位置で展開するパスワークと相手との距離感についていけない様子です。
 そして。
 輝きに輝く彼がいました。私は花束をどこぞの誰かに渡すと、制止されるまで近づきました。見てるだけなのに望月君に引っ張り込まれそうです。
 でも、車イスチームの中では一番動きが鈍く、車もボールも扱いにぎこちなさが目立ちました。それでもパスをして、カットして、シュートして。なにより得点したときのガッツポーズが。
 かっこいいのです!
 大盛況のうちに試合は終わり、選手同士が握手した所でたくさんのフラッシュがたかれていました。そのあと企画した望月君は取材を受けていました。
 なんだか、ずいぶんと遠い存在になった気がしました。私が知っている望月君は、サラリーマンさんにバニラアイスがついてると指摘したときから何も変わってないのに、私の知らない彼は友達の、学校の、地域の輪の中心にいるのでした。
 学園祭の終わり、私は学内選抜合唱コンサートでピアノを弾きました。壇上でお辞儀をすると、望月君と目が合いました。望月君は最前列の端にいたのです。となりの車イスに座ったお友達に話しかけていました。どうしてもどうしても会って話がしたくなりました。
 学園祭の閉会式には校長の話があるんですが、そこは抜け出して学校の駐車場にまわりました。車イスのご友人がいる、ということはきっと送迎の車があるんじゃないかとふんだのです。生徒以外は閉会式なんて参加する必要ありません。きっと望月君もお見送りするだろうと思ったのです。
 はたして、そこには誰もいませんでした。と、思いきや。
 裏口から彼が入ってきました。

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